時にこの神様、うっかり流してしまったが行き先は確か松の部屋と言っていたな。松の部屋といえば最上階の最高級の部屋じゃないか。布袋と言えば七福神。あぁやっぱりこの人も只者ではない。とはいえ、そんな神様に助けてもらったんだからお礼はしっかりしなきゃ。七福神かぁ。そういえば池田様も七福神のメンバーだったような。お知り合いかな。

「夏子の手はあったかいな!」
「そうですか?人間だから、とかですかね」

さっきから暴走機関車宜しく物凄い勢いで何処かへ行ってしまう神崎様。これは病的な方向音痴だと私は察することができた。神様とはいえ服を掴んで歩くのも申し訳ないので、私は恐れ多くも神崎様とお手を繋ぐことにした。相手はお客様とはいえこれ以上迷子になって仕事に戻る時間が遅れてしまっては元も子もない。迷子防止のため手を繋いでもいいでしょうかと言ってみれば、神崎様は快くそして爽やかな笑顔でよろしく!と手を差し出してくださった。

「ところでお連れ様は…」
「さぁ、もう先に風呂に行ったか、もしかしたらまだ外で飲んでるかもしれん」
「外?」
「外の屋台が大好きでな!僕は厠を探してたんだけど、いつの間にか湯屋に入ってきてしまっていて…。どうせなら先に部屋に行ってようと思ったんだ」

それで私に部屋の案内を頼んだと。…うわぁ、ドン引きするほど方向音痴だ。あの屋台の場所からこの湯屋に行くまでに階段を上がって橋を越えなきゃいけないのに。途中でおかしいなとか思わなかったのかな…。

「ここです。ご予約していただいてますか?」
「おぉありがとう!あぁしてるぞ!富松作兵衛の名前で三人分とってるはずだ!」
「富松様ですね。念のための御予約の確認と、そのまま食事等をお運びしましょうか?」
「あぁ頼んだ!今度は此処でじっとしてるから、安心してくれ!」

なんだろう、この何とも言えない信じられない感。どうせどっか行くんだろって目に見えてやばい。はははと愛想笑いをし、私は神崎様が行方不明にならないうちに部屋に戻ろうと決意した。ゆっっっくり障子を閉めた後は猛ダッシュでエレベーターへ乗り込み、急ぎ一階へ降りて受付で今日の松の間の予約を確認した。ぜぇぜぇと息を切らした私を見て、受付をしていた蛙が「だ、大丈夫か夏子…」と背中をさすってくれたのだが、今はそれどころじゃないと事情を説明した。だが説明を聞いた蛙は「あぁ…」と肩を落とした。どうやらこいつも神崎様の担当を過去にしたことがあるらしく、それはもう大変な思いをしたらしい。勝手にいなくなるわ気付いたら帰りの船にいつの間にか乗ってるわ。嵐の様な御方だったと話してくれた。勝手に帰るとかなんという決断力。それもう店側から変な目で見られてもおかしくないですよ神崎様!!

「まぁ相手が女で人間なら、布袋様も少しは大人しくすんだろ」
「そ、そうかなぁ」
「兄役には言っておくから、お前そのまま布袋様方におつきしたほうがいいぞ」
「う、うん解った」

チェックインの確認をすると受付の蛙は予約表をビッをはがして済マークの印鑑を押して渡してきた。それを懐にしまい食堂へ行って、神崎様用の御膳を作ってほしいと頼むと、連中も神崎様の事は十分存じていたようで、普通のお客様とは全く料理が違う膳を出してくれた。わぁこの鰻美味しそう!

「神崎様、お料理お持ちしました!」
「すまん!入っていいぞ!」

酒入った瓢箪の紐を腕に通して、少し大きい膳を持って部屋へはいった。のだが、そこにはもう一人お客様が増えていた。

「……あれ、え、ええっと…」
「あれ、人間だ。あ、夏子って君の事?」
「あ、はい。え、えっと、」

かなり美形の神様だ。前髪金髪とかファンキーだなぁ。誰だろうと思いながらも膳を神崎様の前において酒を渡し、私は改めてもう一人の神様に手を付頭を下げた。

「白浜夏子と申します」
「あぁそっか。三之助。次屋三之助。弁財天の次屋三之助。よろしくね」

次屋三之助様と申されたその人は、良く見ると背中には琵琶が背負われている。おぉ、本物の弁財天様だ。よろしくと差し出された手。私の名前を知っているという事は神崎様から私は人間だという事を聞いたのだろうか。それでいて向こうから手を差し伸べてくださるという事は、に、握り返しても大丈夫だろうか。おずおずとその手を握ろうと手を伸ばしたのだが、いち早く次屋様がその手を掴んで凄い力で私の身体を引き寄せた。その結果私の身体は勢いのあまり胡坐をかく次屋様の膝の上に!!!!!!!!

「ぎゃああああああああああ申し訳ありません申し訳ありません!!!今すぐ降りますのでwせdfrtgひゅj!!!!」
「やっぱり、七松様のお気に入りって夏子か」

次屋様は私が首からかけている紐をひっぱり袴の中にしまっていた勾玉を手に乗せにっこりほほ笑んだ。うぉっ、笑顔が眩しい!イケメン怖い!

「な、七松様とお知り合いで?」
「うん、俺七松様の直轄の部下」
「僕は潮江様の部下だ!夏子は潮江様も知っていたな?」
「あ、はい。お二人なら背中を流させていただいた事もあるので…」

「へぇ、夏子って小柄な割に大物だね」
「すぇdfrtgこj!!」
「あーいいなぁこの小動物感。金吾もでかくなっちゃったしなぁ。このサイズはなかなかない。最高」

私はそのまま次屋様の腕の中で力いっぱい抱きしめられた。完全に赤子の扱い。イケメンに抱きしめられているという乙女ゲーっぽいルートを辿っているという事態に気付いて私は腕の中で一暴れ起こそうと思ったのだが次屋様が細身のくせに凄い力。私の背中に回った腕にそんなに筋肉がついているようにはお見受けしなかったが、いくら暴れようともイケメンの拘束は外れそうにもなかった。わしゃわしゃと撫でられるこれは猫の扱い。私は一体なんだと思われているのか。

「つぎゃ様!!」
「次屋ね。夏子可愛いから三之助でもいいよ」
「次屋様!!あ、あの、弁財天様って…お、女の神様かと…」

そう、私はそれがききたかった。布袋も弁財天も、確かに七福神の神様だ。だけど私の記憶が正しければ弁財天という神様は七福神の中で紅一点の女の神様だった気がする。見た目も名前も、次屋様はどうみても女の神様には見えない。これで女だったら抱いてくださいって今すぐ服を脱ぐレベルにはかっこいい。だが次屋様はその話をふられた途端にしょぼんとした様に肩を落として再び私をぎゅっとしてきた。

「あはははは!三之助にその話をしてくれるな夏子!三之助はな、人間に女に見間違えられたんだ!」
「み、見間違い?」

「一昔前の三之助はな、今より何倍か髪が長くて髪も黒で、それでいてもう少し体が細かったんだ!おそらくそれで琵琶を奏でる三之助を見て、人間は女に見間違えて伝えていってしまったんだろう!」

次屋様は人間の描いた自分の絵姿を見て、自分の姿がないとショックを受けたのと同時に、琵琶を持っている女の絵をみつけて唖然としたと言った。どうやら自分は人に女に見られてしまっていたらしいという衝撃の事実に、しばらく涙を流していたという。暫くして七松様と出会い、体を鍛えて、髪色も代えて、二度と女に間違われないようにと服代えることにしたのだと言う。この努力…、素晴らしい!!

「夏子、俺今男に見えるか…?」
「だ、大丈夫ですよ!!入った瞬間男の方だって解りましたから!!げ、元気出してください!!」
「そうだぞ三之助!立花様だって人には女に間違われていたんだからな!」
「立花様はもう女だよ女。あの見た目で男って言うのがもはや詐欺だ」

あぁ聞きたくなかった名前。そうね、確かに立花様見目麗しいけど、あの人男だったよ。うん。完全に男だった。獣でもあったけど。

そういえばこの勾玉に尾浜様が触ったら雷が落ちたはずだが、次屋様は直轄の部下だから被害を受けることはないんだろうか。未だ抱きしめてくる次屋様に何の影響もないということはそういうことなんだろう。此れでさらなる被害を出したくないし、大丈夫そうならこのままつけておこう。

「あ、そういえば、先ほどこの部屋は富松様?という方の名前でとられたと…」
「あっやば!作兵衛置いてきちゃった!」
「何!?なにしてんだ三之助!!」
「いや左門探ししてたんだよ。そしたらここに…湯屋移動したの?」
「…は?」

あああああああああこれなんてデジャブ!!今の発言聞き捨てならない!!今の絶対方向音痴第二号ってことでしょう!?次屋様も方向音痴なの!?湯屋移動って何!?ここ動く城じゃなくってよ!?

「……あ、あの、も、もしよろしければ…その富松様という方、探してきましょうか…」

「本当か夏子!ありがとう!よし!僕も行くぞ!」
「俺も行くよ」
「いやいやいやいやいや!!お客様は此処でごゆるりとお寛ぎ下さい屋台街だったら私一人で大丈夫ですのでえぇえぇ!今蛞蝓たちに料理の追加持ってこさせますから!!」

「本当に一人で大丈夫か?」
「大丈夫です!!待っててください!!!」

馬鹿かこいつら!!迷子が一緒に出て行ってどうすんだ!!さらなる被害を齎すだけだって気付かないのか!!次屋様の腕から脱出して頭を下げ、私は部屋から飛び出した。通り過ぎた蛞蝓に事情を話して料理の追加と酒の追加をお願いした。ついでに、決してあの部屋から出さないようにとも念を押して。向こうも事情は把握しているらしく、解ったと食堂の方へ向かってくれた。

さて一方、私は来客用の橋から屋台街へ駆け抜けた。黒い影たちが私にヒラヒラと手を振っておいでおいでと言ってくるのだが、今はご飯を食べに来ているわけじゃないからと丁寧にお断りした。その代わりに富松様というお方を知らないかと聞いてみたのだが、影たちは首をかしげてここには来てないと紙に筆を滑らせそう書いた。参ったな、富松様の特徴でも聞いて来ればよかった。屋台街はそこそこ混んでいて、あっちこっちにお客さんがいる。きょろきょろしながら屋台街を歩いていると顔に固い衝撃。お客様にぶつかったのだと気付いて、私は一もなく頭を下げて謝罪を述べた。

「いや、こっちこそすまねぇ!周り見てなくて!」
「い、いえこちらこそ。………えっと、大捕り物でもあったんですか…?」

私の肩を掴んでこっちこそと頭を下げたその人は、肩に縄をかけそれを手で握っていた。こんだけ長いと護送にでも使うのだろうかと思うぐらいだ。

「お前のその袴!!湯屋の従業員だな!?三之助と左門見てねぇか!?」
「あっ、富松様で御座いますか!?」
「えっ!?」
「い、今松の部屋で、そのお二人が先にお待ちですけど…」
「はぁっ!?」

湯屋の中で捕獲しましたと説明すると、富松様はその場で項垂れる様に頭を抱えて小さくなった。強面のイケメンだったけど、何をそんなにつらそうな顔をするのか。まぁそんなこと考えてても理由は目に見える様に解る。さっきまでここで三人で飲んでて、気付いたら二人ともいなくなってて、今の今まで探してて、探していたのに先に湯屋についているという異常な事態。

「……お気持ちお察しいたします…」
「俺がどんだけ探したと…っ!!あの馬鹿野郎共!!」
「ヒェッ…!?」

富松様の拳が、屋台の柱に大きくめり込んだ。めりこんだっていうか、柱折れとる…!富松様がなんの神様なのかは知らないが、それを見たまわりのお客様が見て見ぬふりをするように視線を逸らしたので、おそらく暴力の神様かなにかだろうと察し、私は一人静かに冷や汗を流した。


「おい店員!!酒くれ!!一番強えやつでいい!!飯もあるだけ持ってこい!!」
「と、富松様…!」
「お前もここに居ろ!!一緒になんか食ってけ!奢ってやるから!あいつらのとこなんか戻んなくていいんだよ!あんなやつら放っておけ!」
「……お、お酌いたします…」


イライラ度MAXのこの荒れっぷり…。富松様、今まで相当苦労されていたんだろうなぁ…。

……解らんでもない…けど。

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