これはこれは。いらっしゃいお客さん。
あっしですか?あっしはただの蛙ですよ。今丁度お昼休憩中でしてね。ちょいと一服しているだけですよ。
…悩ましげな顔してるって?あっしがですかい?
いやぁ、悩んでいるというか、感心しているというか…。
気になりますかい。こんな蛙の戯言にお付き合いくださるとはお客さんお暇ですねぇ。
…いや、その、お客さんも知ってるでしょう?ここに人間が入ってきたのを。
えぇそうです。髪の長い身長が小さめの娘ですよ。そう、夏子です。
夏子のヤツが凄いんでさぁ。何が凄いって?
いやぁ、これまで何度も上流階位の神様方と接してきた私ですがね、そりゃもうあの神様方の身の回りの世話をするのには何年も時間がかかったわけですわ。
そりゃ相手は凄いお客様ですからね、そんじょそこらの素人じゃ担当するなんて恐れ多いことですよ。
…それなのにねぇ、あの夏子って娘、初対面なのに稲荷神様の担当をすることになったんでさぁ。
ね?信じられないでしょう?
それも、稲荷神様の方から興味を持たれるなんて思ってもいなかったことでしたからねぇ。
ほら、稲荷神様の鉢屋様なんて特に気難しいことで有名ではありませんか。
…以前うちの蛞蝓が粗相をして本物の蛞蝓にされて塩をかけられたって話、お客さんも聞いたことあるでしょう?
それなのにどうですか。何の波長が合ったか知りはしませんが、鉢屋様も不破様もすぐに夏子のこと気に入っちまってその日はあの大部屋に夏子だけを入れたんですよ?
その日は信じられなくてねぇ、あっしらも夏子が不破様と鉢屋様に粗相をしないだろうかってずっとハラハラしてたんでさぁ。
だけどねぇ、その日の大湯から聞こえてきたのはあの鉢屋様と不破様の大爆笑するお声。
お部屋に夏子が入った次の日、ある蛞蝓が見たのは夏子が不破様と鉢屋様と同じ布団で寝ていて、そしてあろうことか不破様に襲われている姿だって言うじゃありませんか。
ね?ね?信じられないでしょう?あのお二人がですよ?
それだけじゃありゃぁせん。その後なんてあの藤原采女亮政之様と土之御祖神様がいらっしゃった時があったんですがね、
あの綾部様がですよ?あの綾部様が一人の人間を気に入って部屋に自ら招いたというではありませんか。
それだけじゃありませんよ。斉藤様が、夏子に簪を送ったんですよ。
綾部様と斉藤様がお帰りになったその日、夏子の頭についていたのは斉藤様から貰ったと言った簪だったんですよ。
いやぁ、驚きましたね。斉藤様から何かを送られるなんて、今まで一度もありませんでしたから。
あの綾部様だって、近いうち必ず来ると言っておられたそうで。いつもならフラッと来てフラッとお帰りになられるのに、そんな約束をされるなんて。
珍しいというか、なんというかねぇ。
他ですか?そうですねぇ、
あぁ、恵比寿様と少毘古那神様がいらしたんですがね…池田様が夏子を部屋に招かれたんですよ。川西様もいらっしゃるというのに。
ほら、川西様は蛞蝓や蛙嫌いで有名ではありませんか。あのお方は他人のことなんてどうでもいいとおっしゃる方ですから。
それなのに人間なんかを部屋に入れてあろうことか秘薬を夏子なんかにお分けしてくださったとか!
いやぁ、あの川西様がねぇ。
あぁ、池田様が夏子を襲ったらしいのですが、夏子はそれに反抗したんだとか。
あの池田様に反抗とは………夏子は本当に恐れ知らずというか、なんというか…………。
そうそう、そういえば最近八岐大蛇様もいらっしゃったんですがね、えぇそうですあの伊賀崎様ですよ。
夏子がジュンコ様をみつけたんですがね、その時は本当に驚きましたよ。伊賀崎様を「孫兵くん」と呼んだのですよ。
どうやら昔何かの縁で顔見知りだったようでね、あの伊賀崎様が夏子なんぞに敬語を使っていたんで、こればっかりは本当に開いた口がふさがりませんでしたねぇ。
まぁその後どうやらいろいろあって言葉遣いは普段通りになったんですがね、
跋陀婆羅様と大年神様とも夏子は仲良くなったみたいで……。
信じられないですねぇ。本当に。
ほら、今だって
「竹谷様!!アッー!!やめてくださいギャァァアアアア!!」
「いいじゃん一緒に風呂入ろうぜ?そのために此処来たんじゃねぇの?」
「私はお二人の背中を流そうと思って来たんです!!一緒にお湯に入るわけじゃありません!!」
「いいじゃねぇか、据え膳食わぬは男の恥って言うだろ?」
「イヤァァアアやめてくださいってば!!久々知様助けてください!!」
「脱げば楽になるよ」
「味方ァァァアア!!」
……どうやらお二人は鉢屋様と不破様から夏子の話を聞いたみたいでしてね、
今日は夏子は休みの日なんだと言っても「夏子に世話をさせろ」の一点張りでしてねぇ。
ほら、久々知様も竹谷様もお綺麗なお顔していらっしゃるでしょう。それにあの階位。だから蛞蝓たちがお世話は私が私がと毎回のように騒ぐんで、ここ最近は蛙たちが久々知様のお世話をさせていただいていたんですよ。
…それがどうです。久々知様自ら夏子をご指名なさるとは。
竹谷様はともかく、久々知様が女に、それも人間の女をお気に召すなんて夢にも思いませんでしたよ。
「はい脱衣ー」
「ギャァァアアアアア服返してくださいィイイイイ!!」
「兵助パス!!」
「あ、ごめん夏子手が滑ってうっかりお湯の中に服を落としてしまったのだ」
「説明的すぎる台詞ですし棒読みすぎ!!なにするんですかまじで!!」
「大丈夫、俺がついてるから」
「竹谷様最低ッッ!!」
「いだっ!!」
……人間というのは怖いもの知らずですねぇ。…見ました今?竹谷様に平手打ちとは、夏子は命の大切さを知らんのでしょうか…。
「ハチと混浴は嫌だな夏子。だから俺と一緒に入るのだ。ほらタオル貸してあげるから」
「最低だ……!脱がされるなんて……最悪だ…!!」
「……夏子を傷つけたということはきっちり三郎と雷蔵に報告させてもらうのだ」
「えっ!!」
久々知様がほぼ裸で蹲る夏子なんかにタオルを巻いてあげて優しさをみせているでしょう。だけどその後の行動見てくださいな。
そのまま風呂に連れ込んでるなんて久々知様も最低ですよ。
竹谷様はそこ行く蛞蝓に夏子の着替えを頼んでおられるし、いやぁ、上流階位の神様が、人間の小娘をお気に召すなんて……こんなこと、あるんですねぇ…。
「夏子、今日休みだったんだって?」
「はい…」
「じゃぁ今日の分のお給料はハチが払うから、今日は俺たちの世話をしてほしいのだ」
「俺かよ!!」
「それならいいですよ」
「おい!!」
…あの竹谷様の扱いがこんなにひどいだなんて…。夏子は竹谷様がどれほどの上流階位の神様か存じているのだろうか。
え?お客さんもあの娘の世話になりたいって?
…いやぁ、やめた方がいいですよ…?
何故かって?…………ここだけの話なんですがね、つい先日ここに立花様が極秘で降りてこられたことがあったんですがね…。
その時見つけたのが夏子だったらしいんですよ…。
えぇ、えぇ、あの立花様です。お名前を呼ぶのも恐れ多いというものなんですが…。
私はその時ちょうど大川様のお部屋の掃除を担当していたものですから、会話を聞いてしまったのですよ。
『この店から夏子を出すな。私たちがまだ世話をしてもらっていない』
『どうしろとおっしゃるのじゃ』
『あの娘気に入った。私の身分も正体も知ってか知らずか、この私に手紙を届けさせるという使いを頼んだのだぞ』
『なんと…それは大変申し訳ありませんでした…』
『いやそれはいい。あのような者初めてでな、出来ることなら他の奴らにも気づかれないように身請けしようとも考えたのだが』
『………人間の娘ですぞ…!?』
『それがどうした。この世界にいることであの娘はもう人間ではない。もうこの世界のものは食したのだろう。だったら私が何をしようと私の勝手だ。……それとも、私に意見するのか、大川の分際で』
『…そのようなことは……』
『ならばこのままここにいさせろ。私の知るヤツら以外のヤツらが夏子を身請けしたいなどとふざけたことをぬかしたら、すぐに伝七に知らせろ。私が目をつけたものを盗ろうとしたのだ。それ相応の罪は着せねばなるまい』
『……承知いたしました』
『斉藤に先を越されたのは癪だったが、あれはただのマーキングだ。警戒する必要もないだろう………−
あの立花様が夏子を気に入ったとは、耳を疑いましたよ。
いつ夏子は立花様をこき使ったのか。もう恐れ多くて私にはそんなこと…。
人間というのはそういう知識はないのでしょうかねぇ。一目見ればわかるでしょうに。
あの方がこの日ノ本を照らし続ける、"天照大神"だということぐらい……。
「おいそこの蛙、こいつのぶんのタオル一枚持ってきてくれ」
「あと着替え早く持ってきてって伝えてくれ!夏子が着るものないんだ!」
「誰のせいでなくなったと思ってるんですか!!」
「悪かったって!あとで俺のしっぽ好きなだけ触っていいから!な!」
「!」
「お、機嫌なおった」
「単純なのだ」
「チクショォオオオオ」
はいはいただ今!
………あ、お客さん、さっきの話、全部秘密でお願いしますね!