「呼んでいるーむねーのー…どーこかおーくでー……」
ぽてぽてと店裏を歩きながら空を仰ぎ線路の上を歩いた。今日は特にこれといって夜まで仕事が無い。暇だ。何処かに暇をつぶせるような場所はないだろうかと外へ出てきたのだ。
そういえば繁華街には出たことあったけど店の裏には足をすすめたことがなかったなー、なんて考えていた。私がここへきたのも正面入り口からだったし、裏とか知らん。
蛞蝓たちにその話をしてみると、「窯元の吉野先生のお部屋に裏口に通じる扉がある」と教えてもらった。
「吉野先生、ちょっと此処通りますねー」
「おや夏子さん、えぇどうぞ」
「あれ、先生なんか忙しそうですね」
「えぇ、常連のお客様のお気に入りの薬湯がまだ出来ていないんです」
また凄い神様でも来るのかなぁ。先生いそがしそ。まぁ私には関係ないだろうけど。
あ、ご紹介遅れました。吉野先生とはこの湯屋の薬湯の全てを調合しておられる凄い人です。人っていうか、従業員ていうか。なんていうか。ま、この人なしで湯屋はなりたたたないって言っても過言ではないですね。まぁ、ここにいるってことは人間ではないんだろうけども。
すとんと腰をおろろすと、ススワタリちゃんたちが私の靴をすすすと持ってきてくれた。お礼に私は金平糖をぱっとばら撒いて、靴を履いた。あ、そういえば着替えるの忘れてた。まぁいいか。
「吉野先生、この辺に面白いとこないですか?」
「そうですねぇ、階段を右にまがると、まぁ道ではないのですが段差がずっとあります。其処をずっと下ってみれば線路があって、もうちょっと歩くと駅がありますよ。運がよければ電車が見れるかもしれませんね」
「え、駅?」
駅ってなんだよ、と一瞬思ったのだが、そういえば此処へはじめて来たときに橋の下を電車が通っているのを見た。
それに蛞蝓の話によると大雨が降ればここは海になってしまうんだそうな。此処最近雨は全く降ってないけど。
私は線路の上を普通に靴で歩いていった。
ここが海になっちゃうのか。そりゃすげぇなー。見てみたい。
てなわけで、どうせ時間は有り余ってる。とりあえずその駅とやらを見に行こう。
「いつもーこーころおーどる…ゆーめを見たい……」
前を向いても後ろを向いても全く電車が来る気配は無い。最初みた時は一両編成だった気がするけど、誰が乗るんだろ。やっぱり電車でくるお客様とかいるのかな。
「かなしーみーは…かーぞえきーれないー…けれどー……」
っていうか電車で来る神様とかいるのかな。そりゃ随分とアナログな神様だなぁ。見てみたーい。
駅に腰かけ足をぶらぶらさせた。電車見てみたいなぁ。まだ来ないなぁ。………今日は本当に天気がいいなぁ。
「そのむこうで…きっと、あなーたに……………お?」
ぽつぽつと小さく歌を歌っていたそのとき、私の足元のジャリが、かりかりと音を立てて動き始めた。
地震?いやゆれて無いな。
…風?
「…?」
ふわふわと流れていた風はだんだんと勢いを増して来た。
そして立っているのがやっとだとふんばっていると、視界の奥で何かが近づいてくるのが見えた。
「…………!?!?」
よく見ると、それは、龍。
「うわぁぁっ!!」
姿を確認できたその後すぐに、突然それは突風となって、私の身体は飛ばされた。
…と、思ったのだが、
「すまなかった。大丈夫か?」
「……あれ?」
倒れたと思った身体は斜め45度ぐらいの位置でがっちりと止まっていた。
っていうかこれ完全にお姫様抱っこ!!!!
「…あ、あの、」
「すまない、此処に誰かいると思わなかった」
「い、いえ、こちらこそ、その、ありがとうございます…」
さっきの突風が嘘のように止まっていて、風の音もなく、波の音もなく、ただただ静かな空間で私は凄いイケメンにお姫様抱っこされているというかなりカオスな状況にいた。
「え、えっと…」
「……人間…?」
「あ、そ、そうです!だから、その!お、降ろしていただけると…!!」
「ってことは、もしかして、君が夏子?」
「……へ?」
一瞬眉間に皺を寄せられたが、私が人間だとわかると、顔色をパッとかえて、まさかの私の名を呼んだ。だ、誰だ。
「し、失礼ですが…貴方は…」
「あぁ、俺は久々知兵助。逢えて嬉しいよ夏子」
「くくちさ………く、久々知兵助様!?!?」
「うん、初めまして」
久々知兵助。そう聞こえた名前は、確か不破様と鉢屋様からの手紙に書かれていた「私に逢いに来る」と言っていた神様の名前だ。
彼が不破様のお手紙に書かれていた、不破様と鉢屋様の御友人の、久々知兵助様。
この方が、文面ではかなり怖い神様だと私が勝手に印象付けてしまった神様だ。お、怒らせないように気をつけないと。
っていうかなんで誰も教えてくれないの!?!?予約の連絡とか来てたんでしょ!?ふざけんな今めっちゃ心臓はねたじゃねぇか!!!っていうか来るの早くね!?ついこの間手紙来たばっかりだけど!?!?早すぎやしねぇ!?!?
内心暴走する私をよそに、久々知様はにっこりと微笑んで抱えていた私の体をゆっくり下ろしてくださった。
「そ、そうだ久々知様!ささっさささsっさ先ほど此処を龍が…!!」
「あぁ、驚かせてすまなかった。あれは俺だよ」
「えぇっ!?」
一瞬ぶわりと久々知様の御姿は龍となり、また再びヒトガタとなった。
す、すげぇ…!ほ、本物の龍だ…!!はじめてみた…!当たり前だけど…!!
「改めまして、俺が海神、久々知兵助。君が三郎と雷蔵が言っていた夏子で、あってるね?」
「あ、はい、白浜夏子と申します!」
「よかった。夏子、逢えてとても嬉しいよ」
「そんな……み、身に余る光栄にございます…!」
久々知様はそういって、距離をとっていた私の前に歩み寄り頭をぽんとなでた。私より頭ひとつ分大きいお客様だった。
顔は大変見目麗しい…。そして身長高い…。んでもってこんなに優しいだなんて…。おいおい不破様話が違うじゃないか。めっちゃいい人じゃないか。吹っ飛ばされた私の身体を支えてくれるし頭ぽんぽんしてくれるし…。これ私の世界じゃクソイケメン部類ですよ…。怖さなんてかけらもない…。
光の速度で曲げた腰。深く深く下げた頭。正直こんなもんじゃ足りないと思ってます。だって、不破様と鉢屋様の御友人てことは地位っていうか、そういうのも、かなり上の人のはず。
っていうかワダツミって…!!海神って…!!文字通り海の神様じゃないか…!!なんてとんでもない人が来てしまったんだ……!!
海神なんて神話とかそういうので出てくるめちゃめちゃ格上の神様じゃん…!ポセイドンじゃん…!!和製ポセイドンじゃん…!しかも龍って…!!
「…?久々知様、其れお荷物ですか?」
「これ?にがりだけど」
「にがり…!?」
布袋からチャポンと言う音が聞こえ、さも当然のように中身は「にがり」だと答えた。なんでにがりなんてこんなたくさん……。
……ハッ!そういえば久々知様は大の豆腐好きと不破様の手紙に書いてあった…!
海の神様のにがり…!まじもんだ……!!
「夏子って豆腐作れる?」
「はい、一応は」
「じゃぁこれあげる。今日晩御飯豆腐料理にしてくれる?」
「かしこまりました!」
でも重いから俺が持ってくねと、久々知様は私にそれを渡してくださらなかった。なにこの神様めっちゃ優しい。
「……っ、夏子、こっちおいで」
「はい?」
足をがくがくさせながら隣にいる神様の凄さを再確認していると、久々知様にぐいと引っ張られ、私はくくくくjkっくくjひjくう久々知様の胸に顔面からダイブした。がっちりと後頭部を押さえられて、これ完全に抱きしめられている図。
抱きしめられている!?!?!?!?!?
「久々知様、」
「来る」
「は、」
そうつぶやくと、先ほどの久々知様の突風より強い風が身体をぶわりと撫でて抜けていった。久々知様に支えられていなければ、これ確実に吹っ飛ばされてましたわ……!!
「大丈夫、もう平気だよ」
「あ、ありがとうごzギャァァアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
久々知様のホールドから開放され後ろをふと振り向くと、其処にいたのは、とんでもない大きさの山犬だった。
「qw世drftgyhふじこl;p@:!!!」
「八左ヱ門、夏子が怖がってるだろ。ヒトガタとなれ」
「…ハチザエモンさま…?」
「やっぱり走りじゃ全然兵助に勝てないな…」
「だから言っただろ。俺のほうが早いって」
しゅるしゅると山犬の身体は縮んでいき、山犬は人の形となった。
「おほー!兵助が女を抱きしめてるって事はこいつは蛞蝓じゃない!つまりお前が夏子か!」
「え、えっと、……あ、もしや、竹谷八左ヱ門様で…?」
「その通り!俺が山神、竹谷八左ヱ門!雷蔵と三郎から話は?」
「あ、はい、お手紙をいただいたので」
「そっかそっか!それじゃ話は早いな!逢えて嬉しいよ夏子!雷蔵と三郎が元気になったのはお前のおかげだ!心から礼を言う!」
「俺からも礼を言う。しばらく気が病んでたあの二人がやっと元気を取り戻した。夏子のおかげだ。本当にありがとう」
「い、いえ、私は本当に、何もしておりませんので…!」
がっしり手を握られ、竹谷様には何度も何度も頭を下げられた。山の神様って普通は女神のはずだけど、竹谷様はどっからどうみても男性だ。やっぱり本通りじゃないんだなぁ神様の世界って。
「そうだ!それからお前、孫兵とも仲良くしてくれたそうじゃないか!」
「そ、そんな仲良くなんて…恐れ多いですが…」
そういえば、伊賀崎様を甦らせたのはゼンポウジ様という神様と竹谷様だと浦風様と三反田様から聞いた。そうだ、この神様だ。
「礼を言うぞ!!あいつも先日かなり元気になって帰ってきたんだ!!これもお前のおかげだ!!」
「い、いえいえそんな」
「八左ヱ門、そこら辺の話は後でにしよう。夏子、湯屋へ行こう。案内してくれ」
「は、はい!」
予約を入れておいたんだと久々知様はおっしゃった。
もしかして吉野じいさん先生言ってた常連のお客様ってこの方々なのだろうか。そっか、そりゃこんだけ大物のお客様だ。お気に入りの薬湯きらしてるとかアウトよねぇ。
じゃぁこんなところで喋ってないでとっとと宿に…っていうか、部屋に案内しないと。
「夏子、俺達の部屋ってどのへん?」
「ええっと、最上階の」
「あー、じゃなくて、こっから見える?」
「え、えぇ。一番上のお部屋なので、あのあたりです」
建物のほうへ振り向き、私は建物の最上階を指差して、部屋のあたりをくるっと指で囲った。
名前は知らずとも凄い神様が来るという噂は聞いていた。きっとあの部屋。っていうか、この二人があの部屋じゃないとおかしい。むしろあそこ以外にお泊めする部屋なんて無いと思う。
…っていうか駅集合なのに二人とも電車で来ないんかい!だったら入り口集合でも良かったじゃない!!
こちらになりますと駅を下りて湯屋を指差すと、久々知様が、
「どっちに乗る?」
と首をかしげた。
「ど、っち?とは?」
「龍の背中と、山犬の背中。どっちに乗る?」
「……はい?」
「夏子なら俺達の背に乗せてやってもいい」
「一気に部屋まで連れていってやる。壁を登って一気にあの部屋まで行く俺と、」
「空飛んであそこまで行く俺」
「「どっちにする?」」
当然のように、徒歩という選択肢は無かった。