「夏子、あんたにだよ」
「なーに?」
「文箱。手紙じゃないのかい?しかし綺麗な箱できたわねぇ。誰から?」
「えー解らん。誰だろ。まぁいいや。ありがとー」
仕事を終え部屋に戻る途中、ちょいと、と廊下の曲がり角から出てきた蛞蝓に声をかけられた。
手渡された箱を受け取り私は廊下を歩き続けた。
今日は遅番だったからか、部屋に戻ると、もう全員就寝していた。部屋の中に入れば電気もついていないから真っ暗だ。箱の中身は見えなくなってしまう。
仕方ないと私は障子をしめて、タカ丸兄ちゃんから貰った簪で髪の毛をまとめ上げ、廊下に腰けて、柵から足を出して足をぶらぶらさせながら受け取った箱の紐を解いた。
中に入っていたのは紙だった。手紙かな。
【白浜夏子へ】
「……あ、不破様から…?」
稻荷の不破雷藏だよ。元氣にしてるかい?
あれ以來すっかり浮かれて仕事が手につかなくてバタバタしていたんだ。
また遊びに行くって言ってたのになかなか逢いに行けなくてごめんね。
仕事をためにためてた三郎は今手が離せないみたいだから僕が代わりに筆をとらせてもらっているよ。
でも近いうちにまたそっちへ遊びに行く計畫がたってるんだ。
また是非夏子ちゃんにお世話してもらいたくてそのお願いの手紙を書かせてもらってる。
實はその時、僕らの友達を一人一緒に連れて行こうかと思っているんだけど、大丈夫かな?
三人じゃ多い?無理なら無理だと言ってくれてかまわないからね。
前から夏子ちゃんを探しているという話を何度も聞いてくれた友人だから、どうしても夏子ちゃんに逢ってみたいらしくて。
あ、それから、僕らの友人なんだけどあと二人、近いうちに夏子ちゃんに逢いに行くって言ってた友人がいるよ。
名前は"竹谷八左ヱ門"と"久々知兵助"。いいやつらだから、怖がらないで相手をしてあげて欲しいな。
特に兵助は蛞蝓が嫌いなんだ。喧しいから近寄るなって、いつも蛙に身の回りの世話を頼むぐらいだから。
豆腐あげとけば機嫌取れるからとりあえずそれだけ与えておいて。
でも兵助から夏子ちゃんに逢ってみたいって言ってたし、夏子ちゃんには亂暴はしないと思う。
八左ヱ門はかなり酒豪だから気をつけてね。ほどほどにしてあげて。
八左ヱ門も夏子ちゃんに逢ってみたいって!もちろん八左ヱ門もいいやつだよ!是非二人と仲良くしてあげてね。
最後になるけど、天氣が惡くなったら氣をつけて。夏子ちゃんは絶對部屋から出ないこと。約束だよ。
君の毎日に幸多からん事を。また逢う日まで。
不破雷蔵
「お二人がお元気そうで何よりです…」
私は手紙を折り目に沿ってカサカサと折りたたみ、箱にしまって月を見上げた。
まだ少々墨の香りがする。書き立てってかんじ。
そういえばまた遊びに来てくださるといっていた。次に逢うのが非常に楽しみになってきた。
次に来るときは御友人様も御一緒にと言ってるけど、誰だろうなぁ。変態じゃなきゃ誰でもいいなぁ。
…っていうか、今度逢いに行くいって言ってたというこの"竹谷八左ヱ門"様という名前…。もしや伊賀崎様のおっしゃられてたあの危険視すべきといってた"竹谷様"ではあるまいな…。どうしよう不破様のお願いとは言えすっっっげぇ相手したくない…。
しかも御一緒に来られるという"久々知兵助"様とかめっちゃ怖い…。蛞蝓が嫌いって……。じゃぁあんた同じようなヒトガタの人間である私もことも嫌いになるでしょうに…。
どうしようめっちゃ睨まれてめっちゃ暴力振られたら……。私メンタル弱いから寝込んじゃうかもしれない…。
「……それにしても…」
私は一度しまった手紙をもう一度取り出し、気になる最後の一文をもう一度読み返した。
「天気が悪くなったら外に出ないこと……?」
この一文がどうしても解読できない。どういう意味なのだろうか。
雨にうたれて風邪を引くから?どういう意味があって不破様はこの文を書かれたのか。まるで暗号だ。だけどヒントもなにもついていない。
天気……そういえば雨が降ってる時は何度もあったけど…。外出てたなぁ……。でも何もなかったなぁ…。
「悩み事か?」
「ぎゃぁ!!」
この一文が解らずうんうんうなっていると、私の横から声が。
「蛞蝓どもが起きるぞ」
「こここおkkっここここは従業員の寝床です…!お客様の階はここではありません…!」
「知っている。少々暇になったので下りてきたのだ」
手紙を急いで箱にしまい、私は目の前に居る男の人に向き直って正座をした。誰だこの人。お客様かな。
突然の出来事に心臓をバクバクとさせていると、お客様はスッと私の前に座った。誰なの本当に。またイケメンすぎる。
「…お前が噂の人間か?」
「は、はい」
「名前は」
「白浜夏子と、っもももっも申します」
「やっぱりそうか。知り合いがお前に世話になったと言っていたのでな。礼を言う」
「…?い、いえいえ」
誰のことだろう。
誰だか解らないお客様と月夜の明かりの下で正座をして会話とか、ちょっとこの光景意味が解らない。
会話が途切れどうしようという言葉で脳内が埋まりまくっていると、お客様は、スイと一歩、私に近づいた。
「あ、あの、」
「なるほどな。確かに人間だ。こうするだけで顔を赤くするとは、愛いな」
するりと顎に手を当てられ、めちゃめちゃ整った顔が近づく。なにこの神様凄い綺麗ジャ忍ズの神様?アイドルの神様なんです?
どうしていいのかわからずはわわわわと顔を赤くしていると、神様は私の上に視線を向けた。
「ほぅ、もう気に入られたか。……斉藤の分際で生意気な」
「!?」
お客様は手を伸ばされ、タカ丸兄ちゃんから貰った簪に触れた。パキ、と小さく音が鳴り、私の髪はハラリととかれた。
多分今の音、簪折られた。
いつもなら「ひぇぇえ何するんですか!!」とかキレて言ってたけど、
今小さい声でタカ丸兄ちゃんのこと呼び捨てにした…!!
この人ヤバイ!!!絶対にケタ違いでヤバイ!!!!!私の中で今警報音がウーウー鳴ってる!!!!何者!!!!
「あ、あ、ああ、あ、あの、」
「その文箱、稲荷の不破と鉢屋の物だろう」
「お、お二人をご存知で!?」
「あぁ。今丁度私は暇をしている。今返事を書けば私が届けてやろう」
あ、ヤバイ神様かも!とか思ってたけど案外いい人かもしれない!!
本当ですか!と私は部屋に入り誰のだかわからない筆と紙を盗んで月の下で返事を書いた。
もちろんお待ちしておりますという内容と、竹谷様という方と久々知様という方の件についても了解したということ。
最後の天気の意味は解らなかったけれど、まぁ風邪引くなよって意味だろうと思って解りましたと書いておいた。
とりあえず入れられるような立派な箱は無いので、申し訳ないが不破様からの手紙を懐にしまい、私の手紙を入れて紐でキュッと結んだ。
「本当にお願いしてもよろしいんですか?」
「あぁ。任せておけ」
「ではお願いいたします」
私は廊下に手をついてペコリと深く頭を下げた。
「あ、あの、今此処に御宿泊されておらるお客様ですか?」
「いや。だが近いうち必ず来る」
「そうでしたか」
「その時はこの手紙の礼に、私の身の回りの世話をしてくれ」
「か、畏まりました。えっと、では、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」
「……」
お客様は顎に手を当て、少し笑って、私に近づき、しゃがみこんで、
私の目を隠すように、私の瞼に手を当て、
「我が名は仙蔵と言う。覚えておいてくれ」
目を開けると、私は布団の中にいて、
隣の蛞蝓がおはようと声をかけた。
夢だったのかなぁ。
…あれ、でも手紙は服の中にある。
夢だけど、夢じゃなかった。