「…これは一体どういう状況?」


「伊賀崎様酒臭いんですけど…」

「…んー……」


もう一度風呂に行きあったまり部屋に戻ってきたのだが、この部屋の状況はどういうことなのだろうか。

風呂場で頭を打った数馬はあの後大蛇と姿を変えたジュンコによってこの部屋に運び込まれた。
布団の上に数馬を寝かせて、腹が減った僕と孫兵は先に食事をとることにした。もちろん夏子も一緒にね。

夏子の世界の話を聞いたり、此処での生活の話を聞いたり。あと何故人間である夏子がこの湯屋で働いているのかという話も。いろいろあったんだな。こうなったときの予習をしておけば困らなかっただろうに。可哀想。

その後少し身体が冷えたのでもう一度僕は風呂に行った。夏子も背中を流すといってくれたけど、孫兵はまだ夏子と話したそうだったから風呂には別の蛞蝓に着いてきてもらった。

それで、身体をあっためて、部屋に戻って来て、この状況だ。


数馬が目を覚ましている事には何も驚かない。そろそろ起きるころだろうと思ってたし。



だが孫兵はなんだ。なんで夏子に抱きついている。


…っていうか、起きてる?



「あ!もしかして夏子!!」

「すいません…。てっきりお酒がお好きなのかと思いまして…」

「あちゃー……違うって…。孫兵はお酒がものすごく弱いんだ…」

「…神話少ししかかじってなくて…すいません……」


数馬が食事を取っている横で正座している夏子に、背中から抱きついている孫兵。その横でべたっと倒れているジュンコ。

そして、その横に落ちている酒樽。



「よりにもよって八塩折って…」

「…これがお気に入りなんじゃないんですか?」

「違う違う。古事記を読んだことは?」

「いえ、軽く知ってる程度で」

「あのな?孫兵が昔、素戔男尊って人間に退治された時に飲まされたのがこのお酒だったんだ」

「え!!」


人間の記録した古事記。それによると素戔男尊が孫兵を、つまり八岐大蛇を退治する際に用いたのがこの酒だ。

かなり度数の強い酒だった。元々酒がそんなに得意じゃなかった孫兵だったけど、孫兵は素戔男尊にこれを渡されたとき、初めて人間と酒を酌み交わすことが出来るのかと喜んで飲んだ。

それが間違いだった。素戔男尊は孫兵を酔わせて、そのうちに殺してしまおうと考えていたのだ。


生まれながらにして八岐大蛇という存在。孫兵はジュンコたち以外にももちろん友達が欲しかった。
人里に下りればきっと誰かしら友達になってくれるだろうと淡い期待を持っていたのだが、所詮は人と神。人間は孫兵の存在を瞬時に拒絶し、怯え、そしてまるで疫病神であるかのように嫌った。

要求もしていないのに恐怖ゆえに娘を渡してきたり、穀物を供えたり。

孫兵は一切そんなことを望んでいなかった。だけど人間とはそういう生き物なのだと半ば諦めていた。


其処へ酒を持って訪れた一人の男。やっと友達が出来ると喜び、裏切られ、孫兵は殺された。



「…そんな…」

「古事記っていうのは真実とはちょっと違う書き方をされているんだ。人間の都合の良いように置き換えられているんだよ」

「っていうか、これは当事者である僕らにしか解らない真実だからね。人間が孫兵の話をまじめに聞くわけも無いし」


「…っ、じゃぁ、伊賀崎様は、」

「あぁ、その後、竹谷様っていう山神様と善法寺様っていう数馬の知り合いのそれはそれは凄い神様がいてね?孫兵の死を知った僕らがそれをお二人に何もかも話したんだ」

「そしたらあまりにも可哀想な話だからって、孫兵を甦らせてくれたんだ」

「ちょっと竹谷様の力が弱かったからか、首であった蛇はジュンコしか元に戻すことは出来なかったけど…」

「でも、他の子の魂は孫兵の身体の中にあるから、まぁ結果は完全回復した、ってことかな?」


孫兵は寝ているのか起きているのか解らないけど、キツくキツく夏子の身体に抱きついていた。まぁ多分完全に酔ってるんだろうけど。


「…そ、そんなお酒だったとは知らずに…私は…」

「いやいや、そんな深く考えなくて大丈夫だと思うよ?」

「そうそう、孫兵お酒飲んで夏子ちゃんと話している時、凄く楽しそうだったし!」

「…そう、でしょうか…」

「うん。珍しかったよ、あんなに大声で笑ってる孫兵なんて」


なんていうか、野良犬を背負っているような光景だ。

抱きついている孫兵の頭をわしゃわしゃと撫でる夏子。なんか面白い。



「…い、伊賀崎様、酔っ払われているのならお布団の方へ…」

「…ん……」


色っぺぇええと夏子は叫んだ。その後孫兵をズルズルと引きずりながら布団の方へ連れて行ったのだが、孫兵のホールド力は相当だったのか、なかなか離れてくれないらしい。観念したように夏子は孫兵と一緒に布団の中に入っていった。


「お、夏子は積極的なんだね」

「バカなこと言わないでください浦風様。もうこういう状況に慣れてしまったんです」

「へー。他に誰と添い寝したの?」


「えーっと鉢屋様と不破様と斉藤様と綾部様と…」


「…え」

「え?」


「……夏子、本当に処女?」

「…そのメンツで、よく貞操守って来れたね…」


「……どんだけヤバい神様方なんですか…」


僕も数馬も、孫兵が残した酒を一気に飲み干して、布団の中に潜り込んだ。


「なんでこっちの布団に来るんですか!!」

「いいじゃん。予習だよ」

「浦風様予習とか言っとけばなんでも許されると思ったら大間違いですからね????」
























「………おはよう…」

「あ、伊賀崎様、おはようございます!」

「…頭痛い……」

「でしょうね」


目が覚めて、私はぐっする眠る三人の神様の腕からシュルリと抜けて仕事へ向かった。エレベーターへ乗り込む途中でジュンコさんが追いかけてきたのが見えたので、お三方が起きられるまでお仕事一緒にしようと思い、ジュンコさんを首に巻いて風呂釜掃除へ向かった。

私はそうなるだろうと予測して、袴のポケットに二日酔いを止める薬を持ち歩いていた。其れを伊賀崎様に渡して、ついでにジュンコさんも定位置(伊賀崎様の首)に戻した。


「浦風様と三反田様は…」

「今起きた。夏子はもう朝食食たべたのか?」

「あ、そういえばまだ」

「じゃぁ一緒に食べよう。なんか、胃に優しいもの持ってきてくれ…」

「畏まりました。ではお部屋でお待ちを」


一旦大湯部屋から出て食堂へ。お粥とかで良いかな。お粥といろんな薬味をお盆に乗せて、あ、あとジュンコさんようにネズミとかも持って(あるのかよ)、私はエレベーターで伊賀崎様の部屋へ向かった。


「失礼します」

「どうぞ」


声をかけ障子に手をかけると返事が返ってきた。


「浦風様、三反田様、おはようございます」

「おはよう夏子」
「おはよー夏子ちゃん」

お二人はどうやら二日酔いはして無いみたいだ。これで三人ともぶっ倒れてたらもう次から酒禁止にしよう。うん。そうしよう。


「酒は飲んでも飲まれるなってね」

「読心術!」


お三方は食事を食べ終え、そろそろ出るよと腰を上げた。

大して荷物も無かったみたいで、軽い格好で三人は玄関へと向かった。もちろん私も後ろからついていった。



「じゃ、夏子、また来るね」

「はい浦風様、是非またお越しくださいませ」


「夏子ちゃんがお世話してくれるならすぐにでも来るよ!」

「ありがとうございます三反田様!」



「それじゃぁ夏子さん、」

「はい、伊賀崎様」

「…また、逢えますか?」

「えぇもちろん!お待ちしております!」




笑顔で手を振りながら、三人は暖簾をくぐった。私もそれを追うように暖簾をくぐったが、


もうそこに三人の姿は無かった。
















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