「大年神様と、跋陀婆羅尊者様、ですか」


「そ。僕は浦風藤内」
「そして僕は三反田数馬!」

「さっきは怒鳴って悪かったな…」
「てっきり孫兵を退治しにきた人間かと…」

「い、いえいえ、こちらこそ紛らわしい存在で申し訳ありませんでした」

「すいませんでした。先に夏子さんの事をしっかりと話しておけば…」
「いやいや、孫兵くんもそんなに気にしないで」


こちらですと案内した大湯にお通しして、三人はゆっくり服を脱ぎ始めた。
私は番台で貰った札を引っ掛けシュッと上に飛ばす。すぐにガコンと壁が外れてお湯を出すパイプが降りてきたので、急いで釜にあがってぐいと紐をひくと、香りのいいお湯がドドドと勢い良く出始めた。


「シャーッ」
「おーっと!ジュンコさんにこれは熱すぎますよ。あとでぬるくしたお湯に入れてあげますからねー」
「シャッ」

私の首に巻きつくジュンコさんが興味深々に首を伸ばしてお湯に触ろうとしていたので、手で静止してそれを止めた。神様とはいえ変温動物。あまり高温につけないほうがいいだろうな。


「そういえば、八岐大蛇っていうのは首が八本ある蛇のことじゃ…」
「えぇ、そうですよ。僕がキレるとそうなります。そのうちの一本がジュンコです」
「!?」

思わずビックリしてジュンコさんを二度見してしまった。こんな愛らしい蛇が巨大な蛇になる…とな…!?


孫兵くん+ジュンコさん=八岐大蛇完成


なるほどそうくるか。怖すぎる。あまり刺激しないようにせねば。


三人が腰にタオルを巻いてお湯に飛び込んだ。私は首にジュンコさんを巻きながら三人の脱いだ服をたたんでかごにしまった。
たたみ終えてから、失礼しますとお湯を桶に一杯くみあげて、そこにジュンコさんを入れて身体を撫でた。うわ、凄い気持ち良さそうに浸かってんなぁ。

「ジュンコさんお湯加減はいかがでしょうか?」
「…」

シュルリとお湯をかき混ぜる手に擦り寄った。よし、大丈夫だ。…多分。


「すいませんジュンコまで、ありがとうございます」
「いいえ、大事なお客様だからねぇ」


ザバリお湯から上がった孫兵くんはジュンコさんの横にあった椅子にペタリと座った。私はタオルを泡立て孫兵くんの腕と背中を洗った。

前回孫兵くんに出会った時は10歳前後ぐらいの見た目だったのに、今は立派な20歳ぐらいの身長、体格をしていてまじで焦る。だって顔綺麗なんだもの。美形過ぎるだろここにくるヒトガタの神様達。いやおしら様たちも素敵だけど。真っ白なお体素敵だったけども。

眉目秀麗。まさにそんな言葉がピッタリなお客様たちを私は担当しすぎたと思う。これなんて乙女ゲームなんだろう。

失礼しますと声をかけて背中にお湯をかけると、ありがとうございますと言って孫兵くんは風呂に戻っていった。


「孫兵くん、もう敬語なんて使わなくていいよ。むしろ使わないで。んでさん付けもいらないよ。そして私に敬語を使わせてください。落ち着かないので。神様と会話するのにタメ口はちょっと。伊賀崎様と、呼ばせてくださいませ」


「解った。無理をさせてしまっていたら詫びる。僕もこっちのほうが正直落ち着く」
「では、このように」


詫びるとか…伊賀崎様言葉遣いまでイケメンやでぇ…。


お次はとタオルとあげると浦風様がお湯から出られ、よろしくと声をかけて椅子に座られた。


「失礼ですが、浦風様は、どのような神様なのですか?」
「僕?僕は正月に各家に遊びに行く来方神だよ。穀物神なんても言われたりするね」
「お正月にお仕事なんですか」

「そ。門松は僕の依り代だし、鏡餅は僕への供え物なんだよ」
「へぇ!」

なんとなく飾っていた正月のお飾りにそんな意味があったとは。


「いろんな家庭に行って、どんな人間が住んでてどんな事をしてるのか見るのが好きなんだ」
「そうなんですか」
「そう。僕は人間という存在が大好きだからね。いつになるかはわからないけれど…いつか生まれ変わったとき、なんてののために予習しておきたいんだ」
「よ、予習ですか」

「そうさ。あぁそうだ!今日夕食の時に僕らの部屋に来てくれよ!是非そっちの話を聞かせて欲しい!あと、なんで夏子みたいな人間がこっちの世界にいるのか、ってのも気になるしね」

「えぇ喜んで。では夕餉を持って参りますね」
「うん、待ってる」


他の神様と違ってなんて素敵なお誘いなんだろう…。他の神様全員が全員…いやらしい考えしかしてなかった気がする…。いや、喜八郎にいちゃんのときはそうでもないか。

「三反田様、お次どうぞ」
「うん、よろしくね」


背中に湯をかけて泡を洗い流す。浦風様がありがとうと言って釜に戻られるのと同時に、三反田様が入れ替わりで釜から出てこられた。






…ん?さんたんださま?






「…あ、もしかして、川西左近様とお知り合いですか?」
「!さ、左近を知ってるの!?此処に来たの!?」

「えぇ、つい先日こちらに。池田様と一緒にいらっしゃいましたけど」
「そっかそっか!久しく逢っていないなぁ。元気だった?」
「えぇとても。私に対上級神様用に鬼灯の薬をくださいました」

「ハハハ、左近らしいや。お前のためを思ってじゃないからな!とか言ってたでしょう?」
「よくご存知で」


そういえば川西様が、「三反田様と知り合いか」という質問をしてきたのを思い出した。多分特徴的な名前だったから覚えていたのかもしれない。
次に川西様が遊びに来たら御報告せねば。三反田様とお逢いしましたよと。池田様はもう来なくていい。


「三反田様は、どのような…」
「僕は左近みたいな存在だよ。身体に関する神。足腰の痛みとかー、頭痛、あとは目の病とかに利益があるかな。あぁ、呼び捨てでも尊者でも菩薩でも様でも、夏子ちゃんの好きに呼んでくれていいからね」
「はい、ありがとうございます」

「左近は薬。僕は身体に直接。そして、僕の上にもう一人凄い人がいるんだ!」


その言葉に、背中を流す手をピタリと止めて、



「……も、もしかして、川西様の危惧されている鬼灯を使わねばならぬ人ですか」






と、問いかけると、







「………いや、そうでもないと思う」






と小さい声でつぶやいた。


う、ウワァァアア凄い不安な間があったぞ今ぁぁあああ!!!!


「いや、善法寺様はだ、大丈夫…。そんなこと、な…いと思う…」
「何故つっかえるのです…!?」


「いや、善法寺様より、夏子が気をつけなきゃいけないのは竹谷様かもしれないよ」
「!?」

「いやぁ、立花様の方がもっと……いや、七松様も気をつけなきゃいけないな…」
「…?!?!!?」


釜に入っているお二人から次々に飛び出す知らぬ名に、三反田様の背を流す手がガタガタと震え始めた。

どうしよう、ここ最近のこの流れだとさっきから出てくる凄いと言われている名前の神様達はきっと私が担当しなければならない人たちであろう。っていうかさせられるであろう…。

…いや、でも可能性は捨てちゃいけない。きっと凄い神様なんだからお気に入りの蛞蝓の一人や二人いるはず。まだ新米のペーペーの私が担当することはないと思う。落ち着け。まだ希望を捨てるな夏子!!!


「夏子はまだ処女か」
「やめてください!!」

「そうだよ孫兵。女性になんてこと聞くのさ」
「いや、あの方々に逢ったらそんなものすぐになくなると忠告しておこうとおもって」

「ヒィイイイそれ川西様にも言われました」

「夏子はパクッと食べられてしまいそうだからな。そうなった時の予習しとく?」
「しません!!!っていうかどうやってするんですか!!!」
「僕が相手しようか?」
「いいえ結構です!!!!!!」






バシャリと三反田様の身体の泡を洗い流し、タオルをたたむと、






「あだっ!!」

「?」









私の背後でゴッ!!と鈍い音がした。

何かと思って振り返ると、三反田様が石鹸でひっくり返って床に頭を打ち付けていた。















「さ、さ、三反田様ァァアアーーー!?!?!?!」

「数馬!?」
「か、数馬ァァー!!」

退