ちょっと前のこと。本当に、ちょっと前のこと。多分一ヶ月もしていないと思う。

前回湯屋に来たときも、ジュンコが散歩に出たきり帰ってこなかった。


蛙や蛞蝓たちに聞いても、誰も見ていないという。
僕は湯屋の従業員全員にジュンコを捜索するように命じた。

その時一緒に来ていた左門と藤内にも頼んで探してもらった。

湯屋の中にはいなかった。


ちょっと遠くへ行って、湯屋の新野釜じいのところへいったのだが、見ていませんねぇと返された。ススワタリも見ていないという。


となると、湯屋の外か。


外でウロウロしている黒い影に聞いてみると、さっき下界へ続くトンネルの方向へ泳いでいるのを見たと言った。

もしかして、ジュンコは迷いに迷ってトンネルをくぐって下界へ行ってしまったのか。


僕は大慌てで蛇へと姿を変えて海を渡りきり、走ってトンネルを潜り抜けた。


あぁ、トンネルの向こうは本当に空気がよどんでいる。大人の姿を保つのがツラいほどに身体に負担が来る。


僕は仕方なく童子ぐらいの大きさに化けて、
トンネルを抜けた向こう側に広がっていた森を捜索した。


ジュンコは何処へいったんだ。


もし人間に見つかっていて人間に捕まっていたらどうしよう。


大事な友達なのに、人間なんかに捕まっていたりしたら。




「…お?」

「!」



ガサガサと足音がして、草が揺れた。

何故気配に気づかなかったんだろう。



人間が、目の前にいる。



「…」

「…」



無言のまま、目の前の人間と睨みあった。
きっと僕が元の大きさなら、頭一個分ぐらいは違うだろうな。


姿を見られた。人に。人間なんかに。



……殺さないと。


どうせ、僕は昔から嫌われているんだから。



「えーっと……こんばん、は?」

「…」

「……この辺の子?」

「…」

「…こ、んな夜遅くにー……散歩…?」

「…」




変わった格好してるねぇ…と小さくつぶやいて

人間は僕と一定の距離を保ったまま何もしてはこなかった。


…女か。じゃぁ僕に危害は加えてこないかな。

素戔男尊じゃあるまいし、そんなことしてこないか。



「……ジュンコ…」

「え?」

「…赤い蛇……見なかった…」

「…赤い、蛇…」


「…僕の、友達なんです……」



ジュンコのことが心配で、心配で、心配で、でも、見つからなくて、僕は不安になりすぎて、ポロリと涙を流した。

ジュンコがこんなに見つからないなんて初めてだ。
どうしていいのか解らない。見つからない。

猫の手も、いや、人間の手も借りたいほどだ。


「ごめんね、見てないや」

「…」



「……ね、もしよかったら、そのお友達探すの手伝おうか?」



「!」


いつの間にか僕の目の前に女は移動していて、ぽんと頭に手を置いた。


「きっと見つかるよ。私も探すの手伝ってあげるから。ね?泣かないで?」

「……」



女は「ジュンコさーん」とあっちこっちで声を出しながら

草木を掻き分けて、本当にジュンコを探しはじめた。



…人間のくせに、お人よしなやつだな。






























「あー!みつけた!!ねぇねぇこの子ー!?」

「!!」


一時間近くは探し続けていただろうか。
必死に探していると、僕がいる場所とは反対方向の場所からさっきの女の声がした。

急いで声のする方向へ向かうと、女の腕にジュンコが絡み付いていた。


「ジュ、ジュンコー!!」

「おぉやっぱりこの子か!」


いやよかったよかったと僕に腕を伸ばすと、
ジュンコは僕の方へ飛びつきシュルリと首に巻きついてきた。


あぁ!あぁよかった!やっと見つかった!やっとジュンコがみつかった!!



「ダメじゃないかジュンコ!こんなところまで勝手に出て行って…!」

「ははは、本当に仲良しなんだねぇ」

「…」

「さてさて、お友達も見つかったことだし、君のおうちは何処なの?送っていってあげるよ?もう夜も遅いし」

「…!」


腰に手を当て僕を見下ろすように、人間はそう言った。
……帰る場所なんていえるわけが無い。お前とは違うんだから。


「……言え、ません…」

「…ま、そりゃそうだよね。こんな見ず知らずの人におうちなんて教えられないか」

「…」





…嫌われたかな………とか考えるなんて。僕もどうかしてる。






「…あのね、私もうすぐこの辺りに引っ越してくるの。今日は転校手続きのついでにこれから生活する町探検で一泊するだけ。明日の朝にはもう今住んでる場所に帰るんだ。

だからさ、もう一回こっち来たとき、また一緒に遊んでくれる?…もちろん、ジュンコさんも一緒に」

「!」

「それじゃぁね」




さっきみたいにぽすぽすと頭を叩いて、女は僕に背を向けた。



もう、行っちゃうんですか。








「…っ、孫兵です!」

「へ」



「僕の名前、伊賀崎孫兵です!また、また逢えたら、…!また、……」





『また』なんて、絶対にないはずなのに。

僕は何に期待しているのだろうか。


僕は人間じゃないのに。彼女には、きっと、もう、





「…私は白浜夏子。また逢えたら、三人で一緒に遊ぼうね!」



はい握手と言って、夏子さんは僕に手を差し出した。




「うひょぁ!孫兵くん手ぇ冷たいね!冷え性?あったかくして寝なね!」



そりゃぁ蛇だから、なんて、言えない。



「……また、」

「ん?」

「…また、逢えますか」

「引越し終わったら、絶対此処に来るから。そしたらまた遊ぼうね!」

「…はい」


それじゃぁと言って、夏子さんは、僕に背を向けて、

今度こそ明かりのある町のほうへと、姿を消した。































「……孫兵くん、成長期真っ盛りなん…?」


「いえ、これが本来の僕の大きさです」

「……そうだよね、よく考えたらこの世界にジュンコさんがいるっておかしいよね…。ジュンコさん見つけたときに気づくべきだったよね……。

…孫兵くん、神様だったの…」



「………あの時は、黙っていてすいませんでした…。

僕は八岐大蛇、名を伊賀崎孫兵と申します。列記とした、この国の神です」



聞いたことある、と小さくで夏子さんは声をもらし、顔を真っ青にして深々と頭を下げた。



「…いらっしゃいませ、お客様…」

「…普通の態度でいてください。今更夏子さんにそんな態度、取られたくないです」

「……孫兵、くん?で、いいの…?」

「はい、そう呼んでください」


夏子さんの腕を引っつかみ宿泊予定だった最上階の部屋へと連れてきた。
夏子さんが正座をしている目の前で僕は胡坐をかいて座っている。


「……夏子さん」

「なぁに?」


「…"また"逢えましたね」


「……ね、"また"逢えたね」



二人でふふふと小さく笑いあう。


あぁやっと、やっと貴女に逢えました。

夏子さん、貴女に逢いたかったんです。

あの時のお礼もまだ、言えていませんでしt


「孫兵!ジュンコ見つかったのか!?」

「孫兵帰ってきてるの!?」


「…藤内、数馬」




なんてタイミングで入ってくるんだこいつらは。




「ウ、ウワァァアアアアア!!人間じゃないか!なんでこんなところに人間がいるんだ!!」
「!?」

「ま、まさかまた孫兵の首狙ってる人間!?酒持ってきたの!?ま、孫兵は殺させないぞ!」
「ち、ちが」

「違う、彼女が僕が話していた夏子さんだ」




逢えたんだ、というと、藤内と数馬は気を落ち着かせてゆっくりと歩み寄ってきた。
夏子さんが突然の登場人物に身を固くしている。




「…彼女がジュンコを連れてきてくれたんだ」






人間なんて、と思ってたけど、

案外捨てたもんじゃないね。










「……ところで夏子さん、」

「あい?」

「人間の貴女が、どうしてこのような場所に…」

「…話せば、長いんです…」

「?」

退