…− ぎいぃいいぃいいいやぁあああぁぁああああああ!!!
「…今の叫び声は、夏子の声か?」
「夏子は今日宴会場じゃないのか?」
「いやぁ、どうやらあの恵比寿様のお部屋に御呼ばれしたらしいぞ」
「本当かよおい…そりゃ夏子も無事じゃすまねぇなぁ」
「そいつぁご愁傷様だ」
「その証拠にこの叫び声だろう」
…−やめてくださ…いやぁぁあぁぁあああああああ!!!
「…随分抵抗してるなぁ」
「あいつぐらいだろ、お客様に反抗できるやつなんて」
「いやぁ、人間って怖いもの知らずだな」
「ははは違ぇねぇ」
「明日仕事来るかな」
「賭けるか」
「よし乗った」
「おいなんでそんなに抵抗してるんだよ。お前処女か?」
「やめてくださいやめてください!!こういうサービスはしてないと言ったじゃないですか!!」
「此処は湯屋だろ?他のナメクジたちならこれぐらい」
「私は人間です!!人間があなた方のような神様に抱かれたらどうなるかわかったもんじゃあrやめてくださいってばちょっと!!手を、お離しください……!!」
「お前こんな力でよく此処で働いてこれたなぁ」
「私は、基本的に雑用なんです…!人間、ですから…!!」
胸の着物の合わせを開こうとする池田様の手を必死に掴み抵抗するが、池田様はケロッとした顔で私の全力阻止を受け止めている。
私の背中には布団。顔の横には奪われた腰紐がむなしく落ちている。これ以上の進行はまずーーい!!!
なんなの神様って基本的に腕の力強いの!?それとも人間の力が弱いだけ!?ビクともしねえ!なんだこれ!
初対面で壁ドンされた神様に部屋に来いと言われて嫌な予感がしないわけがない。私は仕事に着ていた袴のまま池田様と川西様のお部屋に来た。
途中まではただただ下界(あ、私の世界の話ね)の話をずっとしていたのだ。池田様はいろんなゲームとかそういう話を聞いてきたし、川西様は医療のことについて聞いて来たりした。
私にそんなものの知識があるわけない。だけど答えられる範囲でいいならと質問には全て答えていった。
学会でこういうことが発表されたとか、こんな事件があったとか。
喜八郎兄ちゃんやタカ丸兄ちゃん、鉢屋様や不和様のように昔話をするわけでもないので私は気軽に話しをすることが出来た。
時には談笑、なんてこともあったのだが、池田様が食事をとりおえ、ご馳走様と言って私に近づいてきて私を見下ろして
「そんじゃ、寝るか」
と言った。その瞬間私はその後の出来事を一瞬にして予想でき脱兎の如く出口へと駆け出した。
のも一瞬。
いつの間にか腕を掴まれすでに敷かれていた布団に投げ捨てられ貞操の危機。
今ここ!!今貞操の危機真っ最中!!!!
「池田様…!こういうことは、別の、蛞蝓を、呼んで、参りますので……!!」
「いいじゃないかいいじゃないか。たまには人間が相手でも」
「私がよくありません!!」
「左近、お前も喧しく喘ぐ蛞蝓よりも人間相手のほうがいいよな」
「……まぁね」
「川西様まで!!」
この部屋に味方はいないのかチクショー!!!!
「さ、斉藤様に言われたんですよね!?私に手は出しちゃいけないって!!!」
最後の手段とばかりにタカ丸兄ちゃんの名前を出すと、着物を脱がしにかかっていた池田様の手はピクリと動いて、苦虫を噛み潰したような顔をして私から離れた。
「…お前、それは卑怯だろ…」
「べ、別にいいんですよ手を出しても!でも斉藤様に何かされても、し、知りませんからね!斉藤様って結構そういうのズルズル引きずるタイプだとお見受けするので!き、きっとただでは済まないでしょうね!?」
「…はぁ、解った解った。」
腰をなで続ける手は絶対に解ってない!!!
「離れてくださいってば!」
「お前なぁ、少しは客を敬えよ」
「そういう言葉はセクハラをする人は使っちゃいけないんですよ!」
覆いかぶさる身体を押しのけ私は近くで酒を飲んでいる川西様の背に隠れた。ぐいっと酒を飲み「ん」とお猪口を出してくる。私は酒の入った徳利を両手で持ち池田様を睨みつけながら酒を注いだ。
「…そんな目をして睨むなよ」
「…いやいやいや…あんなことされて恨むなという方がどうかと…」
「お前本当に面白いな」
「全然嬉しくないですけどね」
イケメンに迫られて嬉しくないわけがない。だがそれとこれとは話が別だ。
さすがにイケメンでも貞操の危機を感じるようなことをされれば誰だって敵意識を持つ。…今の私のように…。
「なぁ左近、お前鬼灯の秘薬持ってただろ?それを夏子に飲ませろよ」
「バカかお前は。あれは子を成した時に飲ませるものだ。避妊用じゃない」
「じゃぁ朔日丸は?」
「…残念だが、あれはいま丁度きらしている」
「なんだよつまんないな」
ぐいとさらに酒を飲み私はさらに川西様のお猪口に酒を注いだ。川西様酒強いな。
機嫌を損ねたように池田様も大きな杯を私に出してきたので、池田様の横にあった徳利を持ち杯に注いだ。
「…あの、川西様は薬の神様とおっしゃっておりましたが…」
「あぁ、そうだ」
「…鬼灯の薬とは一体何のことですか?」
「鬼灯は昔の遊女が子供を堕胎する時に服用していたんだ。食べ過ぎると毒になるっていうのはそういう意味だ」
「…!?」
「生憎、今のお前に飲ませたところで孕んでいるわけでもない。ただ腹を壊すだけだ」
「なんてもん飲ませようとしてるんですか池田様は!!!」
「いいじゃないか。孕まなければいいんだろ?」
「そういう問題ではありません!!」
ちぇーっと子供のように顔をしかめて池田様は一気に酒を飲み干し杯を空けた。
杯を放り投げ、池田様は川西様の背に隠れる私の横にドカッと座って私の頬に手を当てた。
だからイケメン自覚してくださいってば。
「悪かったよ。ちょっとからかったつもりだったんだけど、夏子の反応があまりにもここの蛞蝓と違かったもんだから楽しくなっちゃっただけ。許してくれよ」
「……そ、そんな言い方されたら…」
「うん、やっぱり夏子は心優しい人間だな…。」
大川が此処から出さない理由が良くわかる。
「…えっ」
頬を撫ぜられそうつぶやかれ、私は弾かれたように顔を上げた。
大川様が此処から私を出さない理由?…両親のための借金返済のためじゃなくて?
「ま、しばらくすればきっとお前自身が解ることさ」
「…それって、どういう」
「きっと僕の考えはあっているはずだ。でも言わない」
「い、池田様」
「もう少し此処での生活を楽しんでみるといい。きっと自分自身で気づくはずだから」
謎の言葉を吐いて、池田様は布団へ歩き出しぼすっと横になった。
「先に寝るぞ左近」
「あぁ。おやすみ」
「おやすみ夏子」
「は、はい、おやすみなさいませ」
そういえば掛け布団を用意してなかった。私は徳利を横に置き箪笥をあけ、よいしょと声をもらしながら布団を取り出し、ぼすぼすと乱暴に池田様に布団をかけた。
「夏子、おやすみ」
「はい、おやすみなさいませ」
布団の横に手をつき深くお辞儀をすると、いびきが聞こえてきた。寝るの早いな。もう酔っ払ってたのかな。
「……夏子」
「はい?」
寝顔綺麗だなーと池田様に見とれていると、川西様に名前を呼ばれ、私は川西様のお側へ戻った。
川西様は今は湯屋の着物だが、着替える前の自分の着物に手を伸ばし、ついていた小さな袋を一つとり、私に突き出した。
「…これは?」
「三郎次には嘘をついたが、薬はまだ持ってる」
「えっ」
「一応持っておけ。お前じゃほかの神に何をされるかわかったもんじゃない。今回は斉藤様のお言葉があったから助かったものの………斉藤様より上の方にお気に召されたら、その貞操観念終わりだと思っていたほうがいいぞ」
「アッー!」
すげぇフラグ立たされてる気がする!!川西様の今の言葉超怖い!!
斉藤様より上の方って!?は、鉢屋様と不和様より上の神様とかいるんです!?
「…こ、これは」
「さっき言った鬼灯の根を煎じた薬。僕特性だからヤる前に飲めば妊娠はしない」
「恐ろしい!」
どんだけこの湯屋危ない客くるんだよ!っていうか神様ならそういうことするなよ!
「…ご、ご心配してくださって本当にあr」
「別にお前を心配しているわけじゃない!!!!」
…お?
「なんで神である僕が人間である夏子なんかを心配しなきゃいけないんだよ!!」
「えっと、」
「お前が妊娠したら仕事に差し支えがでてまた三郎次の相手できなくなったら三郎次が可哀想だと思ってそれをやっただけだ勘違いするんじゃない!!!!!」
「オゥフ」
…ツンd
「ツンデレじゃないッッ!!!」
「読心術!」
川西様はツンデレ属性神様だったらしい。なんだ知らなかった。
「…でも、ありがとうございます。私なんかにお気を使っていただいて」
「………お前のためじゃないって言ってるだろ」
「…はい、そうですね」
遠くから聞こえる池田様のいびきが耳に入り、川西様ももう寝ると言った。私は空の徳利を受け取り着物を持ち布団の側までついていった。
枕元に川西様と池田様の着物を運び、川西様も枕に頭をうめた。
「夏子」
「はい」
「僕らは明日朝一で帰る。お前に挨拶できないかもしれない」
「あぁ、御気になさらず」
「だから、一つお願いがあるんだ」
「なんでしょう?」
「多分、後日僕らの友人が此処へ来ると思う。二人。そいつらとも仲良くしてやってくれ」
「はい、畏まりました」
「…おやすみ。下がっていいぞ」
「はい、おやすみなさいませ。失礼いたします」
私は頭を下げて、ゆっくりと障子を閉めた。
ッシャァァアアア!!添い寝しなくて済んだッッッ!!!!!
…川西様と池田様のご友人かぁ…。どんな方だろうなー。