42.対一年ろ組 あることに気が付いた。さっきから私は自由に動き回れることが嬉しくて樹の上をぴょんぴょんと移動していたが、これはかなり正解だったかもしれない。 例えばの話、木の葉隠れでもされていて襲われたら、上級生が相手だったら確実に梃子摺る。さっき三郎と勘ちゃんと勝負したから解るけど、さすがはプロに近い上級生たちとでも言うべきか、力も、判断力も、何もかもが優れていた。三郎なんて特に観察力が優れているのか私の次の一手を正確に読み取っていたし、勘ちゃんに至っては私の行動パターンをあの短時間で把握したのか、次の手を考えるのにも一苦労だった。 さらに例えば、学園長先生の言うとおりトラップが仕掛けられていたら。私は、気付かない自信がある。船員に足を引っ掛けられるという姑息ないたずらにさえ引っかかってしまうのだから、忍者のトラップなんて引っかかったら終わりだ。解除方法も解らないし、逃げる術も解らない。その一瞬を狙われたら終わりだもんねぇ。 それにくらべて樹の上だったら、もし下に誰かいたとしたらすぐ解るし、樹に居たら葉に枝にと姿をくらませる場所はたくさんある。こっちの方がいいかもしれない。 「こんにちは、初めまして。突然だけどあっちに人はいましたか?」 『いいえ、誰もいません』 「どうもありがとう!」 横切った烏は一瞬私の頬を羽でこするようにし、後方へ飛び立っていった。山の子達も、なんだか良く解らないけど楽しんでいるようで、ありがたいことに協力者が増えている。 いったん休憩、と木の根元に降りると、其処はちょっとしたお花畑のようで、甘い香りがしていた。 「此処まで一年生しか逢っていませんが……あれ?私範囲出てないよね?」 なんだか段々不安になってきたぞ…。 「…大丈夫ですよぉ……香織さんはまだ範囲内ですぅ……」 「ぎゃぁぁぁぁあああ!!!」 木の根元、いや、樹の根元にある小さな木の陰から聞こえた小さな不気味な声。あまりにも突然のことにびっくりして、私は思わず大声で叫んでしまった。 「だ、だだっだっだだ誰!?!?」 「一年ろ組…保健委員会の、鶴町伏木蔵と申しますぅ…」 「ふ、伏木蔵ね、解った、よ、呼び捨てでいいかな?」 「お好きにどうぞぉ〜」 がさがさと揺れた木の影から出てきたのは、ちょっと顔色の悪そうな子だった。鶴町、伏木蔵か。 伏木蔵は扇子を手に、いつもは首にかかっている頭巾を口元に当てていた。わぁぉ、顔隠れててすごく忍者っぽい。 「保健委員ってことは、もしかして私が此処へ来たとき、治療してくれたのかな?」 「いいえ、あの時は僕は何もしていません…。包帯の取り換えだけはお手伝いしてましたが、香織さんは気を失っておられました…。ふふふ、血だらけの香織さん、すっごいスリルでした〜」 「そ、そっか、それでも私を助けてくれたことには変わりないもんね、どうもありがとう」 ペコリとお辞儀をして、そこで違和感に気付く。 何だこの気分は。気持ち悪い。頭がぼーっとする。 「……伏木蔵?」 「香織さん、御一つイイコト教えてあげましょうかぁ」 ガクリと体の力が抜けたように、私の足は折れ曲がり、貧血でも起こしたかのように膝をついた。 「保健委員会が人助けのためだけに薬を使うとお考えでしたら、それはちょっとした間違いですよ…?」 ふわりと扇がれた扇子から香る甘ったるい臭い。あっ、これ花の匂いじゃない。保健室の匂いだ。薬の、薬の匂いだ!花の甘い香りとは程遠いじゃないか…! 手で口と鼻を覆い、伏木蔵から思いきり距離をとり咳込みながら深呼吸した。伏木蔵は遠くから「エキサイティング〜」と頬を赤く染め笑っているが、これ笑いことじゃねぇ。お、恐ろしい。一年生にして薬を操るか忍者というのは。こ、こえええ。 ゲホゲホとむせる背後から、迫る影二つ。 「…!」 前は薬の空間。後ろから敵。ということは逃げるは上。 上に飛び樹につかまり下を見下ろすと、私がさっきまでいた場所には縄の先に何か鋭いものがくっついているものが刺さっていた。あれはなんだろう。 「…逃げちゃいましたか……」 「凄いね!それ何!?あ、あと君の名前を知りたい!」 「二ノ坪、怪士丸です…。一年ろ組で、と、図書委員会の者です…。こ、これは六年生の中在家先輩を、み、見よう見まねで使った、縄ひょうという武器です…」 「じょうひょう、へぇ、カッコいいね!」 怪士丸がえへへと笑うが、これも笑い事じゃねぇ。六年生の先輩がこんなもの投げつけてくるの?私に向かって?恐らくこの後逢うよね?怖いね?死ぬね?避けられないね?あれは何?攻撃するものなの?それとも縛るものなの?なんなの?忍者怖すぎなの? しかし考える暇もなく、ピィと、何処からともなく聞こえた音。今度はなんだ。 そしてその後聞こえる、バササ!と鳥の羽音。う、後ろ!? 「いだぁっ!!」 樹に乗っていた私は後ろからの猛烈な何かのタックルにバランスを崩し、樹から落ちた。落ちる直前に見たのは、やはり鳥。烏か。 「…あれ!?あの烏……!!」 さっき、私に誰もいないって教えてくれた烏じゃね!?!? 飛ぶ烏は私と一緒に急降下し、先に落ちて行った烏が止まったのは、伏木蔵の横に立っていたもう一人の子の腕。なるほどなるほど、あの子は飼われていたのか。 上手く足から着地し三人を目の前に見据えると、私の首に何かが回された。ぐいと引かれた首に食い込むのは、鎖か? 「ぐぇっ!!だ、誰誰!?」 「し、しししし、し、しも、下坂部、へへ、平太と申します…!よ、用具委員会の者dあいhdしゃdg」 「へ、平太でいいのかな!?最後の方聞き取れなかったけど、何!?泣いてる!?なんで!?グェッ!苦しい苦しい!!」 「香織さん、つつつ、捕まえましたぁ!!」 ひぃいと言いながらも私の首をぐいぐい引く平太くん。顔は見えずともなぜか彼は私の首を締めながら泣いているみたいだった。ちょっと苦しいけど、中々力強いなこの子! 「き、君の名前は…!?」 「申し遅れました、初島孫次郎と申します。生物委員会で、この子は僕の相棒の黒子といいます…」 ざりざりと近寄る三人。一年生とはいえ恐ろしい絵図だ。平太は泣いてるし三人は悪人のように微笑んでるし。っていうかこのクラス色白多いな。不健康なのかな。 「平太悪いけど、これ以上泣かないで、ねっ!!」 「ひぃいいーーーーっっっ!!!」 締められた首をなんとかせねばと、地に手を着きバク転するよう地面を思いきり蹴った。もう片方の手で平太の武器を押さえていたので、平太は身動きをとることが出来ず、さっきの彦にゃんと同じような状態になった。うわ、こんな物騒なもんで私の首押さえてたのか。なにこれヌンチャク?凄いなぁ、こんなのも使うんだ。 形勢は逆転し、平太から奪ったヌンチャクで、今度は平太の首を押さえた。信じられないほどの震え方で平太の身体はガクガクと震えているけど大丈夫だろうか。もう震源地此処で地震とか起きそうなぐらい震えてるけど。 人質を取られたということに孫次郎は慌て、怪士丸は武器を握りしめ、伏木蔵だけは「スリルとサスペンス〜!」となぜかテンション高めで叫び始めた。 人質をとったのは確かに私だけど、……なんか平太可哀そうになってきた………。 「……ごめんね平太、はいこれ返すよ…」 「ひっ、」 ジャラリとヌンチャクを鳴らし、平太の足元にそれを置いて、私は樹に飛び乗った。 「平太、ごめんね怖がらせて!伏木蔵ありがとう!これで他の保健委員とあたっても安心して戦えるよ!」 「…香織さん、六年生の善法寺先輩にだけは、お気をつけてくださいねぇ…。委員長は何をされるか解りませんよぉ〜」 「わ、解った気を付ける!怪士丸、今度其れの使い方教えてね!孫次郎の烏ちゃん可愛いね!今度またゆっくり遊ぼうね!」 「い、いつでもどうぞぉ…」 「黒子も逢いたいって言ってますよぉ〜」 は組は暴走機関車。 い組は成績優秀。 ろ組は何と例えて良いか解らないほど異端。 相碁井目。まさにこれから成長するって感じだ。一年生で此処まで力がついているとは、忍術学園とは凄いところなんだなぁ。 「あ!香織さんだ!伊助!香織さんいたよ!!」 「本当だ香織さんだ!」 「わお庄ちゃん!お隣の可愛い子紹介してぇ!」 「庄ちゃんと同室の、二郭伊助と申します!」 「えっ!?なんでハタキ持ってんの!?掃除するの!?武器なnあっ!痛い痛い!地味に痛いッ!!」 (42/44) |