40.姿は見えず

香織に出会わない。

山に入ってからもう二時間が経過している。六年総出で山を走り回っているのに、一向にやつに出会わない。おかしい。何故だ。


「おい文次郎」
「…いや、こっちにもいねぇ」
「文次郎は何も見なかったか?」

「見たのは空を飛ぶ大鷲だけ。飛んでったのは西南だ」
「ははは、それはそれは素晴らしく使えない情報だな」
「何も手がかりがねぇ…こりゃ一体どういうことだ」


あいつは海の人間だろう。なら山はド素人のはず。何処かしらに通った形跡やら隠れた形跡やらが残っていると思っていた。なのに、何もない。

山に入り仙蔵が仕掛けたトラップすべてを見回った。だが引っかかった形跡は一つとして見つからないのだという。
三木ヱ門にも出会った。だが香織の姿は一度として見ていないという。迷子の左門にも出会った。だが、見つかっていないという。小平太も、長次も、伊作も、留三郎も、誰もあいつの姿を見ていないのだという。

何故だ。何故此処まで探してやつがいた形跡ひとつ見つからない。相手はただの事務員だろう。いや、あいつは、人間じゃない。あいつは虎だった。なんの幻術かは知らんが、あいつは俺たちとは何か違う生き物だ。
だが、ただの事務員。手合せで……不覚にも負けたとはいえ、相手はただの水軍の出の女なんだろう。何で此処まで俺たちの気配を避けて動ける。

あいつは一体、何者なんだ。


「提案だが、此処からは共に動かないか?見つけたときに戦いやすい」
「あぁそうだな」
「しかし…何故何処にも見当たらないのだ…」


仙蔵がぎりっと歯を食いしばった。冷静沈着と呼ばれた男が此処まで焦るとは。

別に俺たちは夏休みが長くなるの特権が欲しくてこんなバカなゲームに参加しているわけじゃない。あいつを負かすためだ。あいつを超えるため。海賊とはいえ、俺たちに喧嘩を売ったことを後悔させるため、ここまで本気でトラップを仕掛けたり得意武器を持ち込んだりしているのだ。

仙蔵が気を乱すのも、無理はない。


「……あいつは、俺たちの気配が読めるのか?」
「文次郎、相手はただの女だぞ」
「だが、あいつは、……ただの"ヒト"じゃない」
「…」


仙蔵から聞いた、あの日の、俺が気を失った後の出来事。

あの娘を殺したのだという。その娘を、親の元へ届けたのだという。自分がその娘を殺したのだという。なのに、平気な顔をして、また別の敵を斬り殺しているのだという。
忍びとしてならその心大した物。だが香織はただの海賊なのだろう。なんであそこまで命を軽く見ていられるんだ。

香織は、何を考えているんだ。


「一旦休もう。丸一日こう続けて走り続けるわけでもあるまい?」
「そうだな。少し作戦を練るか」
「さて、一体どうしたものか…」


仙蔵は頭巾を一度外して、髪を結いなおした。俺も頭巾を外し汗をぬぐい、水を口に含んだ。


仙蔵は出発し山に入り二人きりになったとき、

『今回の敵は忍術学園全生徒だ。学級委員の人間全てが参加しているとはいえ、香織の正体を知る者の方が圧倒的に少ない。虎の姿へ変えることはまず、冷静に考えてありえないだろう』
と言った。

これには俺も同意だった。あいつだってそこまでバカじゃないはず。学園で一度もあの姿を見せたことがないということは、あの時は「バラしたきゃバラせ」と言っていたが秘密を貫き通しているのだろう。あの時そう言ったのは言葉のあやと言うかなんというか。

少しもこの話題が噂になっていない。なっていたら、一気に学園中に広まっているはず。俺の耳にも仙蔵の耳にも入ってきていないのだとすれば、あいつの正体の話は出回ってはいないだろう。


「……」


顔を上げ空を仰ぐ。木々の間から一瞬見えた、空を羽ばたく大きな鳥。

鳥は円を描くようにぐるりと木の上を回り、高く声を上げ、その場から飛び去って行った。方角は、西南。




……そういえば、あの鳥はさっきも俺の上を飛んでいた。




「ニャー」

「!」
「おや、こんなところに黒い猫とは不吉だな。だが愛らしい」


俺の足元にすり寄った何処からともなく来た黒猫は、仙蔵の手で喉を撫でられると、その場を走り去っていった。方角は、西南。



「……まさか………!」


「…文次郎?」

「仙蔵、…いや、これは、……」
「なんだハッキリ言え」

「これは、あくまで、俺の考えなんだが…」
「なんだ」

「……香織は、ヒトじゃない」
「だからなんだ」





「獣遁…。つまり、…………ヒトじゃない何かと、…喋れるという可能性はないか…?」





「…っ!」

「だとすれば、さっきから俺たちの周りをウロつく動物は、」




これだけ探しても見つからないのにも、理由が付く。





































『あっちはダメだ。緑色の人が二人いる』
「げっ、六年かな…三年生かな……。ありがとう。何かあったら教えてね」

『こっちはダメだ。紫の男が二人と、緑の男が二人いた』
「わーお、見事にここは上級生の巣窟…。ありがとう、またなんかあったらよろしくね」


麦わらの一味にいたトニーくんは、元々動物だから、ヒトヒトの実を食べ人間になっても動物と話が出来ると言っていた。だけど、それは彼が動物から人へなったパターンだったから。人から動物へなっても、動物とは心が通じ合わせられることが解った。

マルコ隊長が小さいながら海王類の頭を撫でていたところを見て、私は心底感動した。あの海王類と心が通じ合えるだなんて夢にも思っていなかったからだ。イゾウは「お前もやれば出来るんじゃないのか?」と言っていたけど、私には絶対無理だと思っていた。きっとマルコ隊長は幻獣だから特別なんだと思ったんだもん。

ところが、ある日誤って海に転落した時のこと。深く深く落ちていく中、「助けて」と小さく願ったその声は、近くにいたクジラに助けられた。まだまだ小さいアイランドクジラだった。群れから外れたのか元々この辺に群れがいるのか。水面が近づくにつれ意識は戻り、「もう少しだよ!」という謎の声。気付いた時には甲板で、エースやマルコ隊長たちが顔をのぞかせていたけど、あれはきっとアイランドクジラの声だったに違いない。

それから空を飛ぶカモメや、上陸した島で見つけた動物。神経を思いっきり集中させれば、少しながら声が聞こえるようになってきた。ヒソヒソの実、なんてものの噂を聞いたことがあるが、ははぁ、これが動物系の特権なんだな?と私は鼻高々にエースに自慢した。エースはめっちゃ羨ましがってた。

もしかして、ホワイトタイガーなんてものが幻獣なのかもしれないけど…。だって虎って基本オレンジなんでしょ…。ホワイトって……いや綺麗だからいいんだけどさ…。

本に出てくる虎という虎が全てオレンジっぽい色で、私はますます人間じゃないのかと奴隷時代を思い出し肩を落とした。あいつらの言ってたことはあながち間違っちゃいなかったんだな…と……。


「じゃぁ少し移動しますかね……いっ、」
『大丈夫?』
「平気平気。ちょっと傷開いただけかな。大したことないよ」


黒い猫はするりと私の足に擦り寄った。行きなと言い喉元を撫でると、黒猫は嬉しそうにその場を離れた。

三郎の手裏剣の腕は天才的だった。何処へいても的確に狙いを定めて飛んでくる。勘ちゃんのあの鎖も、私が次に飛ぶであろう場所を正確に読み取り振り回してくる。急斜面で日当たりが良い。あそこで長時間やってたら他の連中に見つかると思った私は一気に三郎の懐へ入り、爆弾だろうがなんだろうがなんでもいいから姿をくらませそうな物を懐からスった。それはちょうどいいことに煙玉だったようで、地面にたたきつけた瞬間あたり一帯は真っ白になった。だけどそれはただの煙玉じゃなかった。涙と咳が止まらなかった。あれなんだったんだろ。危険爆弾?目が染みたし喉はやられるしでもう大変なものスッちゃったよ。あの二人無事かな。

てなわけで私はそれが収まるまで樹の影で休んでたってこと。


……私は、六式を全て使いこなせているわけではない。「鉄塊」と「紙絵」だけはどうしても得とくすることが出来なかったのだ。っていうかジャブラさんが「攻撃は最大の防御だ!!」と言っていたので攻めるものしか教えてくれなかったのだ。バカなこと教えてんじゃねぇよと他の方にボコボコにされていたのは記憶に新しい。それを真に受けた私も説教されたが。

つまり、私は防御が大の苦手なのだ。刃物が飛べば鉄塊を出来るわけではないので普通に斬られるし刺されるし、何か飛んできても紙絵で優雅に避けれない。月歩で瞬時に方向を変えるしかできないのだ。その判断を間違えれば、グサッとやられちゃうのよ。我ながらバカだねぇ。


攻められても守れない。

攻められたら、攻めまくるしかない。


……あまりにも危険すぎるわよ香織ちゃん…。




「さーて、ど・ち・ら・に・い・こ・う・か・な・て・ん・の・k


「あー!!香織さん見つけたー!!」

「何処何処ー!?」
「あーほんとだー!」
「香織さんみーっけ!」

「みんなでつかまえろー!」
「「「おー!!」」」


「あらやだうふふっ☆みつかっちゃったっ☆」

少し広くあいた場所でどちらに行こうか指を振っていると、草陰からぴょこっと姿を現したのは、可愛い可愛い一年生の金吾でした。
それを合図に庄ちゃんが捕まえろ!と言うと、一年は組の皆が一気に顔をだし、私を指差して一気に飛び出してきた。可愛い。本当に可愛い。待て―!とか可愛い。待つわけないのに。



「おいでー☆ 可愛い可愛い一年生たちー☆」

「香織さん待ってくださーい!」
「捕まってくださーい!」
「香織さん足早い…!」
「乱太郎頑張れ!」
「わ、私も追いつけるかどうか…!」
「待てー!」
「逃がすなー!」

「うふふふふふ☆」






あー、ここが浜辺だったら最高だったのに…。


なんで山にいるのやら…。

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