38.夜明けの鐘

夜が明けてすぐ。まだみんなの目が覚める前に、朝を告げるヘムヘムの鐘の音が鳴り響いた。
みんなまだそんな時間じゃないはずだと言いながらも、着替えて外へ出た。長屋の外には先生方が待機していて、すぐにグラウンドに集合するようにと大声で叫んだ。

昨日噂を耳にしていない生徒は、何の事だか解らないという顔をして、昨日噂を耳にしていたものは本当だったのかとうなだれたような顔をして、グラウンドへ走って行った。


「おはよう兵助。目ェ覚めたか?」

「なんとかね。これって何の集まりなのだ?」

「さぁてね、学園長先生から話があるだろ」


兵助は昨日外へ出ていたので、あの話は耳にしていたないらしい。目をこすりながら走り、グラウンドへ来た兵助はそこに集合していた忍たまをぐるりと見回して状況を把握しようとしていた。
が、壇上の上に立っていたのは学園長先生。あぁ、いつもの思い付きかと、兵助は深く深くため息を吐いた。

今日俺たちのクラスは一日中座学の予定だったので、これは思いもよらぬラッキーな事態となった。座りっぱなしより動き回ってた方がいいに決まってる。


それに、今回の相手はあの人だ。



「ぅおっほんっ!これより、サバイバルバトル鬼ごっこを開催する!!」

「「「はぁあーーー!?」」」



学園長先生の言葉に、大概の生徒がブーイングを送った。学園長先生の思い付きが始まるということは理解できていたのだろうが、内容があまりにも幼稚すぎる。鬼ごっこって。下級生たちはそれをただの鬼ごっこだと思っているみたいで、目をキラキラさせているが、上級生たちは"サバイバルバトル"という単語に引っかかっているようで眉間に皺を寄せた。

ちらりと視線を横に送ると、兵助はもう何かを考えているような顔をしていた。あぁあぁ、真面目だねぇ。きっと「これの裏にはどんな理由があるんだろう」とでも考えていることだろうなぁ。

そういえば俺も鬼ごっこをやるという話は聞いていたがどんな理由があるのかはわからない。前のオリエンテーリングはタケノコ関係だったなぁ。今日はなんだ?


「はい!」

「六年は組、善法寺伊作」

「ルールを教えていただきたいのですが…」


「ふむ、では香織殿、こちらへ」


「?」



「みなさんおはようございます。事務の、香織です」




並んでいた忍たまが全員ザワついた。学園長先生の横に上がってきた女性はたしかに女性だ。だが、いつもの着物姿ではなく、露出度の高いあの服。此処へ香織さんが来た時に着ていた服だった。

いつもと違う風貌に上級生も下級生も香織さんの登場には驚き、そして学園長先生へ視線を戻した。


「今回、鬼ごっこにて逃げるのは香織殿だけじゃ!そして捕まえるのは忍たま諸君、お主ら全員じゃ!」

「なっ、」

「範囲は裏山から裏々山のみ!ここから出たものは強制失格とする!今回はチーム戦じゃが、そのチームは学年ごとに分けることにする!香織殿を捕まえた者がいる学年には夏休みを一週間プラスする!!」

「が、学園長先生!?」

「制限時間は、明日の明朝とする!」


眠そうな眼なのか、余裕が浮かんでいる目なのか、香織さんの目は重そうにとろーんとしていた。…あー、ありゃ完全に余裕ぶっこいてる目だな。
向こうにいた三郎を見ると、雷蔵は驚いたような表情を浮かべているが、三郎は俺と同じことを思っているのか、小さく鼻で笑っていたし口は歪んでいた。


「学園長先生、ご冗談でしょう。事務員が二十四時間、一人で山の中で生き残れるわけがない」

「六年は組食満留三郎、お主その言葉、撤回しておいたほうがよいぞ」

「なっ、」


食満先輩は潮江先輩とやりあっていた香織さんを見ていない。確かあのとき近くにいなかったと思う。


「……私は今回武器を持たない。証拠に、私の手持ちは全て吉野先生にお預けしてます」


香織さんが指さす先には、大きな箱の横に立つ吉野先生のお姿。確かに吉野先生がお持ちになっておられるのはいつも香織さんが持っていた刀だ。多分あの箱の中には香織さんの銃が入っているんだろう。

さすがに香織さんが手ぶらで俺たちに挑むというのは予想外だった。俺もぽかんとしてしまったし、三郎もこれには目を見開いていた。

でも庄ちゃんは「まぁそうだろうな」みたいな顔で香織さんを見上げていた。やだ庄ちゃん超冷静ーーー!!



「私はみなさんにはこの身一つしか使わない。危険物は何も持ってません。土井先生の身体検査済みです」


土井先生はほんのり顔を染めながらも小さく頷いた。


「……つまり、"武器を持ってたから勝てなかった"だのというくだらない言い訳は出来ないからね。"女だから手加減してやった"なんてクソみたいなことも言わないで。私は全力で逃げるし全力で皆さんに挑みます。負けたら、それは、みんなが、」



ギュッと指の出た黒い手袋をはめて、






「弱かったってだけだから」





香織さんがにっこりとほほ笑むと、上級生全体から「ブチッ」と何かがキレるような音が聞こえた。三郎は口元を押さえて笑い声を出すのを声らえてるし、庄ちゃんはそれでも冷静に香織さんを見上げていた。庄ちゃんまじ惚れるーーーーッッ!!


「これより一時間、お主らには自由時間を与える。裏山、もしくは裏々山にトラップを仕掛けたいものは仕掛けてくるがいい!」

「トラップに引っかかったら私はそれまでの実力の持ち主ってこと。別に姑息な真似なんて思わないから安心してください」

「一時間の間に、トラップをしかけ、各々得意武器でも磨いておくんじゃな!一時間後、香織殿は山へ入り隠れる!そのさらに一時間後、そこからサバイバル鬼ごっこは開始とする!!一食だけお弁当はおばちゃんから配布させるので、後でそれを取りに行きなさい!では、香織殿はここでその時をお待ちくだされ」

「解りましたー」


香織さんは壇上の上にどかりと胡坐をかいて座り込んだ。

それを合図に、ほとんどの上級生はグラウンドから消えた。きっとトラップを仕掛けにいったり武器を磨きにいったんだろう。
そして残った下級生たちはその場で丸くなり作戦会議を始めたりした。


「おはようございます香織さん、今日はよろしくお願いしますね」

「おはよう。よろしく三郎、勘ちゃん、今日は容赦しないからね」


残った三郎と俺は香織さんに歩み寄り頭を下げた。



「今日は虎になりますか?」

「あはは、今日は封印しないとマズいでしょう」

「…ねぇ香織さん、俺らが勝ったらご褒美くださいよ」

「ご褒美?」

「そうですねぇ、一日一緒に町でデートなんてどうですか?もちろん俺も三郎も我儘なんでかなり疲れますよ」

「いいねぇそれ。じゃぁ私が勝ったら?」

「んー、じゃぁ……私たち五年の総力を結集して香織さんが借りてるあの部屋を、憧れのカラクリ部屋にしてあげますよ」

「なにそれ素敵…!いいの!?約束だからね!?」

「勝ったら、ですよ香織さん」

「私が、負けるわけないじゃない」



自信満々な双方の顔に、俺たち三人はブッと吹き出して笑った。よろしくと握手をして、俺たちは部屋に向かって歩き出した。
座り込んでいる香織さんに下級生たちは少しでも弱点を聞き出そうとしているのか「ナメさんは好きですか」や「毒虫は触れますか?」なんで可愛い質問を投げかけていた。
(香織さんは蛞蝓や毒虫という単語にめっちゃ口をヒクつかせていた。苦手なのか)



「…さて、どうする三郎?相手は海賊だぞ?」

「それもとびっきりの暴れ玉だしなぁ。今までの忍務より厳しいかもね」


冗談を言うように三郎がにやけながらそう言うが、敵は強い。十分作戦を練らなきゃ。

香織さんは忍者じゃない。くのいちじゃない。つまり、忍術の知識は薄い。興味本位で一年は組の授業にたまに参加しているみたいだが、下級生の、それも一年生の授業なんて初歩の初歩。きっと忍術なんて解らないだろうな。少し頭をひねればいいと思うが、相手は力技だ。知力で勝負しても無駄だろう。

たとえば頭脳ばっかり優秀な忍者が七松先輩と戦いを挑むとする。これは確実に死ぬ。知力と体力、両方で勝負するしかないということか。


「そこで提案なんだけど、今回は雷蔵と手を組むより、俺と組んだ方がいいんじゃない?」

「……そうだな、よし、のった」


「…香織さんがいつも退治してる山賊たちがまだいるのなら、下級生をそれから守りながら、香織さんを捕まえるってことだろ?」


一体上級生はこれを何人理解しているのだろうか。

血まみれで香織さんが学園に戻ってきたとき、誰もかれもが香織さんをただものではないということが解ったはずだ。立花先輩が香織さんの話をして香織さんがこの学園の用心棒として裏で働いていることはバレているはずだ。用心棒の仕事、血まみれで帰ってくる。つまり、香織さんは殺しに抵抗なんてない。じゃぁ、暗器も持たずに刀一本で、顔をさらして誰を殺しているのか。この学園に危険を脅かすもの。他の城の忍びか、山賊、人攫い。香織さんが始末しているのはそういった人。

今回の範囲は裏山。そして裏々山。冷静に判断すれば下級生が危険だということはよーく解るはずだ。俺と三郎は最初から事情をしっているから警戒できるが、ほかのヤツらや先輩はどうかな。

香織さんが最近夜動くことが多い。つまりま残党がいる可能性もある。それか新たに潜んでいる可能性もある。
きっとこの間ハチが山の大きい獣をほかの山に移動させろと学園長先生から言われたというのはこれだ。少しでも敵を減らすために。

…途中で香織さん(虎)が見つかってき帰っちゃったからそれらはまだ残ってるかもしれないが、その辺は心配ないだろう。







「………!あぁ、そういうことか!学園長先生も面白いこと考えるなぁ…」



長屋へ向かって歩いている途中で、三郎は大きくそう言い、ぽんと手を叩いた。





「何?」

「学園長先生の今回の思い付きの意図が解ったよ」


「え、なに?」

「いいか、今回は香織さんが逃げる役だろ?つまり……_____
(38/44)
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -