36.危なかった

「…」

「…」


沈黙。

誰だかわからないけど、きっとこの服は忍術学園の人。で、青い服だから、これはきっと五年生。つまり、三郎と勘ちゃんの、同級生ってことかな?


「は、ハチ、こ、これは…」
「その、ち、違うんだ…あの…」

三郎と勘ちゃんがしどろもどろになりながらも手をわたわたと動かし、必死に私という存在がどういうものなのかと説明しようとしてくれている。

目をカッと見開いて私と今めっちゃ目があっている彼は、ハチと呼ばれた。ハチさんというのだろうか。


「た、竹谷先輩!こ、この虎は、!その!」
「こ、この山の虎で!ぼく、ぼ、僕らが世話してるんです!!」
「こ、攻撃は絶対にしません!」
「だから!その!この子は!」

庄ちゃんと彦にゃんも必死になってそう言う。二人が私に抱きついてハチさんから守ろうとしてくれているのがめっちゃ可愛い。大丈夫です私そんなつもりありませんから。


「と、……と、…………」
「……」


「虎だぁぁああーーーーッッ!!!!」


「!?!?!?」


ハチさんという人は、そう大きく叫ぶと、私に飛びついてきた。文字通り、私に飛びついてきた。

私は庄ちゃんと彦にゃんに抱きしめられていたので動けなかったのだが、ハチさんはガバッと私に前から抱きついてきた。それにびっくりして庄ちゃんと彦にゃんはハチさんから逃げるようにバッと避けた。

ギュゥウウと強く抱きしめられて、私は何が起こっているのかわからず「えっ、えっ、」と首を学級委員の子みんなにむけた。


「すげぇ!すっげぇ!もふもふだ!本物だ!本物の虎だ!本で見た通りだ!すげぇ!すげぇ!すげぇ!」


すりすり もふもふ なでなで

ハチさんはなにかリミッターが外されたのかのように私を好き放題に撫で回しはじめた。あ、気持ちいい。気持ちいいけど、あの、その、私、メスなので、あまりそのようにされると。


「……ハッ!ハチ!離れろ!」
「やめろハチ!困ってるじゃねぇか!」

「えっ!?虎がか!?」


ハチさんの首根っこを三郎がグイと引っ張って、私に抱きつくハチさんは2mほど距離をとった。

何が起こったのか全然わからないが、この人は大の動物好きなのだなということは十分すぎるほど理解できた。始めてこの姿を見た人はまずビックリして叫ぶか泣くか逃げるかするのだが。いや、叫んではいたけど。

私は腰を上げ彦にゃんに擦り寄った。彦にゃんはこの状況を如何しようと必死に頭を回転させているのか、えーっとえーっとと小さくずっとつぶやき続けた。


「学級委員会が世話してんのか!?なんで俺に言ってくれなかった!!」
「だ、だって、虎を保護してるなんて言えねぇだろ」

「俺は生物委員会委員長代理だぞ!生き物のことなら俺に任せろよ!」
「そ、それにしてもこんな大きい虎…」

「すげぇ…!本物の虎だ…!おいもう一回触らせてくれ!!頼む!!!」
「落ち着けハチ!!お前こういう大きな獣見ると興奮する癖いい加減に直せ!!」


バタバタと暴れるハチさんを、三郎と勘ちゃんは必死になって取り押さえていた。

二人は私の正体を知っている。だからきっと私が女であることを考慮して撫でようとしているハチさんを全力で阻止にかかっているのだろう。変なとこ触らないようにとかね。いやぁお気使いありがたい。ちょっとさっきマズかった。

でもまぁ、悪い人ではないだろうし、私は別に構わないです。

彦にゃんから離れ三郎たちのもとへのそりのそりと歩み寄る。それにビックリしたのか、ハチさんはまた目を見開いた。スリと三郎の背中に擦り寄ると、私から歩み寄ったのに気づいた三郎は、ハチさんを押さえつける力を弱めた。


「……さ、触らせてくれるのか…?」


返事をするようにふっと鼻息をもらし、ハチさんの手に擦り寄った。

ハチさんはまた目をキラキラさせて、私の顎に手を伸ばし、猫を触るように首元を撫でた。あー、気持ちいいいいい…。


「それにしても、こいつめっちゃおとなしいな!」
「え!?あ、うん、そう、そうなんだ」
「俺達に牙向いたことないしな」

「しかも俺の言葉解るのか!?」
「だだ、大体のことは理解してくれます…」
「すごく、いい子です…」


そーかそーか!と嬉しそうな笑顔で、ハチさんは私をわしゃわしゃと撫で続ける。


「俺は忍術学園の五年ろ組、竹谷八左ヱ門だ!三郎と同じクラス!そんでもって生物委員会委員長代理だ!よろしくな!」


私の顔をおっきな手で包み込んで、視線を合わせて、万人に好かれるような笑顔でそう紹介してくれた。八左ヱ門さんね。だからハチか。

あぁなるほどな。生物委員会の委員長代理なのか。だからこんなに動物好きなのね。納得。


「ハチって呼んでくれ!」


いや無理だろ。


返事は返せないけど、私はハチさんの顔に擦り寄った。理解したというのが伝わったみたいで、ハチは再び私をぎゅっと抱きしめた。スキンシップ激しいなぁ。


「ハチはなんで此処に?」
「あぁ、学園長先生の命令でな。この山に居る大きい獣は別の山に移動させてくれって」
「…はぁ?なんでまた?」
「さぁな、またいつもの思い付きだろ。」


勘ちゃんとハチがそう会話すると、

「で、」

とハチが私に視線を向けた。








「こいつの名前は?」






悪気なんてありません。

ハチはそういう綺麗な笑顔で、今一番答えづらい質問を投げかけた。

さっとまわりの温度が下がる。きっといま四人はなんと答えるのが一番いいのか必死で頭を回転させているはずだ。香織ですなんて言えるわけが無い。


「三郎?」
「あ、え、えぇっとね、」

「…まさか無いのか!?」
「い、いや!そそそ、そういうわけじゃなくて!」
「…どうした?」

「そのー……」














「竹谷!!!」















まるで天の助け。

ザッと私たちの目の前に降り立ったこの声の主は、黒い装束の忍者さんだった。あ、土井先生。


「伊賀崎がお前を探していたぞ。毒虫がだっs……散歩に行ってしまったと」

「げっ!!まじッスか!!す、すまん三郎!!ちょっと行ってくる!!じゃぁな虎!またな!!」


すばやく樹に飛び乗り、ハチの姿は一瞬にして見えなくなった。





「…土井先生、助かりました」
「香織さん!!」
「はい!?!?」

元の姿に戻った瞬間、急に肩をガシリと掴まれ、土井先生は凄い声の大きさで私を呼んだ。


「どうして私を呼んでくださらなかったのですか!!!近いうち虎の姿を見せてくださるとお約束したではありませんか!!!!!」



























私は静かに、虎の姿に戻った。


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