33.自惚れるな

「せ、先輩!七松先輩!」

「お?金吾か?どうした金吾!」
「…もそ…」

七松先輩を探して、僕は図書室に飛び込んだ。いつもなら私語厳禁なのだけど、今はそれどころじゃなくて大声で先輩を呼んでしまった。
扉を開けて叫んだせいで、図書室にいたみんながいっせいにこっちを向いた。


「忍たま長屋の庭で、し、潮江先輩が、香織さんと手合わせを始めて!」

「…なんだって?」
「最初はただの手合わせだと思ってたんですけど!し、潮江先輩の目がどう見ても、!そ、その!香織さんを、」


殺そうとしている目だった。

あの目、あの動き。一年生の僕でもわかるぐらいに、あれは確実に手合わせというレベルを超えていた。負けず劣らず香織さんも応戦しているのだが、どうみても、香織さんのほうが強かった。

さすがにこれはヤバいと思ったのか、次屋先輩に「七松先輩を呼んで来い!止めてもらわねぇと後がヤバイぞ!」と言われたのだ。


「七松先輩!二人を止めてください!!」

そう言うと、七松先輩も中在家先輩も状況を理解したのか、本を閉じて弾かれるように図書室から飛び出した。
騒ぎを聞いていたのか、図書室にいたほかの先輩方も図書室を飛び出してきた。

「長次!お前は伊作を呼んで来い!」
「解った…」

僕も後を追うように、七松先輩達の背を追った。























バキッ!と鈍い音が鳴り響き、


「ガハッ…!」
「潮江先輩!」

左門が叫んで、潮江の身体が傾いた。
私は体勢を立て直すように地に足を着きフラつく潮江を見据えた。

槍を杖代わりにするようにゼェゼェと息を切らしながら、潮江は私を睨みつけた。

「て、テメェ…」
「どうした、威勢が良かったのは最初だけか」
「うるせぇ…!!」


もう随分長い間この男と遊んでいる気がする。クナイを投げては槍で突き、それを避ければ手裏剣が飛んでくる。そして槍が伸びる。ガラ空きとなる身体に入り込み腹へ何発か入れるのだが、さすが最上級生とでも言うべきか簡単には倒れそうにはない。

接近戦はほとんどしないのだが、こいつに使う刀の刃なんてない。ましてや銃弾なんて冗談じゃない。善法寺くんに迷惑もかけたくないし。
いや、多分もうかけることになるんだけど。


「三之助と左門と作兵衛が待ってるんだけど。そろそろ降参したほうがいいんじゃないの」
「うるせぇ!!」

振り回された槍を背をそらして避ける。のと同時に、足と腹に一発ずつ。グラりと揺れて尻餅をついたそのすきに、刺さっていた刀を地から抜き、



「っ、らぁ!!」
「っ!」



倒れこむ潮江の顔の横に突き刺した。

少しかすったのか、潮江の頬に傷をつけたが、まぁこれですんだだけラッキーだろうな。




「チェックメイトだ」
「ハァ…ハァ……ッ、!」





大の字で寝転がる潮江の顔を睨みつけると、悔しさとわずかな羞恥に顔を歪めて潮江は「クソッ…!」と地を叩いた。

敵船の船長だったらなんの迷いもなく殺していたんだけど。そうはいかない。






「やめろ!!」
「!」







三之助たちが座っているであろう方向から聞き覚えのない声が聞こえ、風が動いた。とっさに持ってきた刀に弾かれたのは、クナイ。

潮江から距離をとるように後ろに飛ぶと、私がいた位置には、髪がもふもふでガッシリした、………誰だ?


「文次郎を殺すのか?」
「まさか、ただの手合わせだよ」

「そうか。私の名前は七松小平太!六年ろ組の者だ!」
「そっか。小平太でいいかな?」
「おぉ!なんでもいいぞ!事務員の香織だな?」
「うん、そう」


「仙蔵に聞いたぞ。お前、かなり強いんだってな?」


小平太の目は、……海王類が興奮したときの目に似ている。

え、人間なのに?小平太って人間だよね?海王類じゃないよね?怖いね?



「この状況見てもらえれば、なんとなくわかるかな」
「うん、お前は文次郎より強いんだな!凄いな!

…それなら、私とも手合わせを、…してくれっ!!」


潮江とは比べ物にならない力で、クナイ一本で私に斬りかかってくる小平太。凄い力だ。これは海王類と間違っても仕方ないや。


「お、これは手強い」

「なはは!そうだろう!」



これは素手で、というわけにはいかないな。飛び掛ってくる小平太のクナイを受け止めねばと地に差していた刀を引き抜き、何度も受けとめる。
だーから、順番を守れと何度も言っているのに。こいつもこれか。やめてくれよもう私だって人並みに疲れとか出てくるんだって。

刀とクナイが交わる音が何度も庭に響き、早く休憩したいとはいえさすがに斬りつけるわけにはいかないので、私は足か手で小平太に直接打撃を入れようとおもったのだが、小平太は接近戦がかなり得意なのか、潮江のようには行かない。

入っても何回かは受け止められる。おぉ、これは本当に手強い。


「香織は、本当に強いな…!」
「そりゃどうもっ、!」

戦うことが純粋に好き、という目。これは楽しい。

しかし、徐々に私の手に力が入ってくる。うっかり殺さないように気をつけなければ。



















「やめろ小平太!!!」




















確かこれは、立花の声。


「仙蔵?」
「やめろ小平太。クナイをおろせ」

立花の脇には、っていうか長屋の廊下には、かなりの人数の忍たま生徒たちがズラリと集合していた。よく見ると潮江の横に善法寺さんもいて、ちょっとした見世物のようになっていたことがやっと今判明した。


「お前に香織さんは倒せない」
「やってみなければわからんぞ!」



「いいや、やらずとも、お前なら刀を交わしただけで、…理解できたはずだ」


立花はそうつぶやくと、小平太の腕を掴み、私と刃を交わしていた小平太のクナイをとった。


「立花はやらない?」
「遠慮しておこう。作兵衛や三之助たちがまだなのだろう?」
「うん、悪いね」


私は刀を振り下ろし、刃を鞘へとおさめた。

横で倒れこみ、善法寺さんに抱えられている潮江に歩みよった。


「喧嘩を売る相手を間違えたな」

「…」

「何で私に負けたと思う?」

「…」


「あんた、自分が負ける図なんて想像できていないでしょう。絶対勝てると思い込んでる。己に敗北なんて文字はありえないと思ってる。だからきっと、胸のうちでは、今、負けたことを認めていないんだろう」



私は刀を一気に抜き、潮江の首に突き立てた。



「香織さん!?」


「黙れ善法寺。お前もお前だ。敗者に手を出すような惨めな真似をするんじゃない」

「は、敗者だなんて…!」



「いいか潮江。誰しも必ず負けることはある。私に負けたことをこの場で認めろ。そしてこの場で悔やめ。

私がお前に勝ったのは経験の差だ。何度も何度も強いやつに挑み、何度も何度も負けて、やっと一勝出来るんだ。この一敗すらみとめられんようでは…この私を倒すことすら、この世界を生き抜くことすら出来ないぞ。



…自惚れるなよ。お前のようなレベルの力の持ち主ななんて、この世界にも、いくらでもいる。」






「っ、!」


ギリ、と歯を噛み締め、潮江は手を強く握った。






「私に勝ちたきゃ、私を本気で殺す気で来れるようになってから、挑みなおすんだな」



キン、と音を立てて刀を再び鞘に戻し、私は潮江の足元に刀をさした。



「作兵衛、左門、三之助、金吾、別の場所に移動しようか。ここはあまりにもギャラリーが増えすぎてるしね」


ヘラリと笑って見せると、四人ははいと小さく返事をして、私の後ろをついて歩いた。
さーて何処でやろうかなー。























「仙蔵、私は手がビリビリしてる」

「…そうか」

「香織さんは強いなぁ。本当に、……鬼のような目をしていた」







「ヘムヘム、わしは今とってもいいことを思いついたぞ!」

「ヘム?」
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