32.力が欲しい

「よ、よろしくお願いいたします!」
「いいよ、いつでもおいで」

次の日の放課後、一年生の授業が終わったころ、木刀を二本持った金吾くんが私が洗濯物をとりこんでいるところへと来た。
先日約束したとおり、さっそく稽古をつけてほしいと言ってきたのだ。

でも、私は何も教えることは出来ない。どこぞの流派をならったわけでもないので、形がしっかりあるわけではない。海賊として己の身を最低限守り敵を確実に倒す。それを目的に身に着けた程度の腕前しかない。

振られた刀を打ち返すぐらいでいいのならと最初にワンクッション置いておいたが、。それでもいいと金吾くんは刀を差し出してきたので、私は相手をすることを受け入れた。


「うわぁっ、!」

「脇が甘い。もっと刀をしっかり握って相手の動きをよく見な」
「はい!」


「頑張れよ金吾ー」
「香織さんは手強いぞー!」
「おめぇならやれんぞー!」
「はい!」

「三之助たちももう入る?」
「い、いや、俺は次でいいッス」
「ぼ、僕らはまだ見てます」

「そ?じゃぁ金吾くんおいで」
「はい!」






そういえば、昨夜のあれ。

血まみれのまま学園に帰還するという今思えば最悪の愚行をしてしまった昨夜。
あの後学園長の部屋を開けた時、ヘムヘムが大声を上げて部屋を飛び出してしまった。そんなに返り血が酷かったのだろうか。


「…香織殿か」
「はい、今帰りました」
「…その、血は」

「体育委員会の皆本金吾くんと時友四郎兵衛くんから、向かいの山に山賊がいたという情報を聞いたので、その始末に」
「そうか」

「申し訳ありません。のっぴきならない事情がありまして、今日は首を持ち帰ってはいません。」
「良い。早う風呂に入りなさい」

「では、失礼致します」


忍たま長屋のお風呂を借りて、私はぶくぶくとお湯に沈んだ。
きっと怖がられただろうな。それも下級生の子達には特に。つい最近この学園に来た事務員の人が突然返り血を浴びて帰ってきたら。そりゃビビるわ。


明日、此処を出ようか。うん、そうしよう。金の稼ぎ方なら知ってる。町に行けば賭博やってる場所ぐらいあるはずだ。其処へ行ってイカサマでもなんでもして金を稼いでー……




「…あの」

「!」



風呂の戸の向こうから、控えめな声が聞こえた。


「…えっと」

「…あの、入っても…」
「あ、うん、別に大丈夫だよ」

ガラガラと音を立てて戸が開くと、其処に立っていたのは、前髪が金髪でやたらとファンキーな子だった。ご丁寧に腰にタオル巻いちゃってまぁ可愛いこと可愛いこと。
大丈夫うちの船の男どもはもっとエゲツねぇもん見せてくるから。


「…えーっと、」
「次屋です。次屋三之助って言います」
「次屋くん」
「三之助でいいです」
「じゃぁ、三之助」

初対面で裸の付き合い。私は風呂のふちに腕を乗っけて、三之助は風呂の中であぐらをかいてる。なにこれシュール。


「…今日、体育委員会で見つけた山賊を、香織さんが始末したって、さっき立花先輩に聞きました」
「あぁ、三之助は体育委員会なのか」
「ッス」
「うん、そうだよ。三之助も見たでしょう。真っ赤になってた私を。あれ全部返り血」


そう言うと三之助は、下を向いて、ギュッと拳を作って





「……どうしたら、香織さんみてぇに強くなれますか」





そう、つぶやいたのだった。


「…強く?」
「立花先輩に聞きました。香織さん、めちゃめちゃ強かったって…。しかも気絶してた潮江先輩も、香織さんがやったって…」
「あぁー…」

詳しいことは聞いてないですけどって三之助が言ってホッとした。変なこと言われてたらどうしようとか思ったわ。
でも怖がらないで話しかけてきてくれてるってことは、悪魔の実の能力のことは聞いてないのかな。…立花本当にキャラつかめんわあいつ。



「…実は……マラソンしてて、途中でみんなとはぐれて…一人であのアジトの近くに行っちゃった時に…あそこに女の子が二人、捕まってたの、見つけたんです…」
「!」


「七松先輩達と合流してもう一回アジトの近くに行ったときは、遠くから見つけたから、きっと……先輩達も女の子の存在に気づかなかったんだと思います。だから、体育委員会で攻めこまないで、学園長先生に一旦報告しようと。…強姦されてんのも見たんです…。だから、それを知る俺は先輩達に報告して、早くあの子達を助けるべきだった…。

……でも、俺はまだ三年だし、殺しの実習もやってない。俺に出来ることなんて何もない。あのまま山賊に喧嘩を売ったって、返り討ちにあうのは目に見えてる。

だから先輩達に迷惑をかけると思って……それで、言うことが、出来ませんでした…。


なのに、ただの事務員だと思ってた香織さんが、一人で乗り込んで、一人で、山賊を全員殺したって…」



三之助はそのまま涙を流すのを隠すように更に下をうつむいて続けた。


「…女の子も、殺したって」
「うん、あの子達はもう普通に暮らせないと思ったから」

「…どうすれば、香織さんみてぇになれますか。どうすりゃそんな度胸つきますか…」

「…」


「"忍びは無情非情なれ"。でも俺には無理でした。恐怖に足がすくんだし、それ以上に恐怖を味わってるあの子達すら助けることが出来なかった…。

香織さんは、何者なんですか。どうすりゃそうやって、自ら刀を振るうことができるんですか」







…私は何者、か。

ここで「この世界の人間じゃない」と言えたら、どれほど楽であろうか。私が殺した子の母親も、前に送り届けた子の母親も、誰もこんな物騒な世の中だというのに、武器という武器を所持していなかった。
女で刀を持っている、というのが奇妙に見えるのだろうな、きっと。

だけど、私は物心ついたときからもうこうだった。復讐のために刀を握りそのためだけに生きてきた。



「きっと、私が何者か言っても、三之助には解んないよ」
「…」


バシャリと顔にお湯をかけて、髪の毛をかきあげた。
そして三之助に向き合うように、私は身体をグルリと回転させた。


「あのね三之助、強くなるのに歳なんて関係ない。強くなりたいと思う気持ちだけ。それだけが大事なんだ。

私はただ純粋に力を求め続けた。戦って戦って積み重ねて積み重ねて、何回も同じ事を繰り返して、それで今の力をつけることができた。

"三年生だから"。言い方悪いけど、これはただのあんたの甘えだよ。強くなりたいなら今から何でも出来る。
こんな早いうちから諦めるな。三之助はこれからいくらでも強くなれる。」


三之助は、お風呂のお湯をバシャリと顔にかけて涙をはらい


「はい!」

そう、強く頷いた。



「香織さん!俺と手合わせしてください!」
「は!?」

どうしてそうなる!


「山賊とやりあったなら相当強いんスよね!?俺の特訓に付き合ってください!」
「お、おう、べ、別にいいけど」

本当に忍たまってのは手合わせ好きだなぁ…。


「別に、良いからさぁ、其処にいる子も早く入っておいで」
「え」


ガラリと風呂のドアが開いて


「お、俺はそいつと同じクラスの富松作兵衛って言います!お、俺にも稽古つけてくだせぇ!!」
「僕は神崎左門です!僕にもお願いします!」

「わ、わかったから!だから早くお風呂入りな!すっぽんぽんてお前ら!」











で、金吾と手合わせしようとしたら、作兵衛と左門と三之助に見つかり、今に至るというわけだ。


「うわぁ!」
「ほらまた!だから、私の刀の動きを見るなって言ってるだろ!動きを止めたければ刀じゃなくて相手の身体の動きを見ろ!」
「っ、!はい!もう一度お願いします!」


うわあぁあこんな可愛い子相手に刀振るうとか心が痛すぎるわぁぁあ!!!


「香織さんすげぇ…金吾は下級生でズバ抜けて剣術うめぇのに…」
「金吾相手に、木刀片手で振り回してるぞ…!」
「…あれで、ハンデなんだろ…」


カンカン!といい音を鳴らしながら、木刀を打ち合うが、金吾くんなかなか強い。


「ハァ、ハァ…!」

「金吾くんちょっと休憩しようか」
「は、はい…。あの、僕、の、何が、いけない、でしょうか…」

ひぃい息乱れてて可愛い。


「…うーん……。多分、だけどね、金吾くんは型にはまりすぎているんだと思う」
「かた、?」

「うん、戸部先生の剣の稽古をそのまま鵜呑みにしちゃってるって感じ。こう振り下ろされたらこう返す、こっちに弾かれたらこう返す、って、教科書そのままって感じかな。行動パターンがだんだん読めてくる」

「…っ、じゃぁ」
「いや、それが悪いってわけじゃないんだけど、…そうだなぁ、たまには荒々しく刀を振るうっていうのも有りっちゃ有りだよ。教えどおりじゃなくて、自分の思ったとおりに、身体が思うとおりに動いてみたら?」

「は、はい!」

「うん、じゃ、休憩を…」





「待て」









作兵衛と左門と三之助が座る縁側から、低い声。


「…あぁ、やっと起きたの。回復した?」


「俺と手合わせをしろ」

「順番待ちだよ。私とやりあいたきゃ左門の次に並びな」
「ナメんのも大概にしやがれ!」

風を切る音がして、目の前に木刀を持ってるくると、カッと小さい音がなり、刺さったのは、手裏剣。


「し、潮江先輩!」

「左門。悪いが順番抜かすぞ」


立ち上がる左門を手で制して、ジャリジャリと足音を立てながら縁側から私のほうへと歩み寄ってきた。




「…金吾、休憩だ。…下がってろ」

「でも、でも!香織さん…」
「案ずるな」


構えている槍を見る限り潮江文次郎の得意武器は槍なんだろうな。この間も持ってたし。



「テメェはこれを使え」
「…なんだこれは、死にたいのか?」
「刀が得意なんだろう。だったら真剣で勝負しろ」

「…お前私のことナメているのか。この間の」
「この間は油断した。お前があんなに動き回るヤツだと思ってなかったんだよ」


潮江から手渡された刀は、鞘を抜いてみれば鈍く光る真剣だった。

私に殺されたいのか、それとも勝てる気でいるのか。


「俺は俺の得意武器を使う。お前はそれでいいだろ」



…一番得意なのは銃なんだけど…。



「なんで私に勝負を挑んだ」

「テメェの化けの皮を剥がすためだ」

「…」





ザクッ




「……何のまねだ」


私は刀を抜いて、地面に刺した。



「お前に私は倒せない。お前相手に、刀なんて必要ない」

「テメェ…!」




潮江の持つ槍から、ミシリと音が聞こえた。

この男、本気だ。






「これは稽古?それとも殺し合い?」


「そのすました化けの皮はがしてやる!」
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