ふわり、舞う髪の毛、
鼻腔に通る、潮の匂い、
そして目の前の景色は、
『綺麗』
青色。
「見惚れてんのも良いがさっさと着替えてこいよ」
『え、あ』
「海、入んだろ?」
『あ、ああ、入ります、入ります』
ふわりふわり、緑混じりの黒が揺らめく。前橋の言葉に今、思い出したかのように頷く空夜。メインを忘れてどうするんだか、そうも思うがこの綺麗な青色を見てしまえば仕方がないのかもしれない。
『じゃあ、先着替えてくるス!』
「あ、おま――」
手をぶんぶんと子供のように振り楽しそうに駆けてく空夜、引き留めようと前橋は声を上げるがもうそれは届かない、小さな背中が豆のようになっていた。「ったく」と言いながらも前橋は楽しそうに緩く口元をゆるめていた。こんな表情を浮かべるのは他の誰でもない空夜だからだろう。
そして前橋も更衣室へとむかった。
×××
クソッと内心悪態を吐くのは言うまでもなく前橋カズ。その人はシンプルの海パンを履き女の着物ような派手な柄のパーカーを羽織っている、チャックは閉めては無い故にそこから無駄の肉が一切ない引き締められた身体を緩やかに晒されている。妖しげな妖艶な、大人の雰囲気を醸し出している。そこからフェロモンは出ているは出ているがそれよりも勝る激しい苛立ちが出ている。
「(あ゙ー、見んなカス、キメェんだよ)」
声を掛けずとも前橋の周りを囲むようにおり、キャッキャとはしゃいでいる。前橋からしてみればそんなのちっとも嬉しくない。ガンを飛ばしてもイケメンを前にした乙女たちの思考回路は可笑しいのか、「見つめられたっ!」などと勘違いしていた。それにまた苛立つのは言うまでもないだろう。
「見んじゃねえ」と前橋なら言えるだろう、だが言わないのは更にはしゃぐからだ、話し掛けられた、と。本当に愉快な思考をしている。
過去に一度ばかりか二度あった前橋は学んだ、話しは何があってもかけない、と。
故に苛立ちオーラだけが増幅する。
苛立ちを抑える為に吸っていた煙草は4分の3になっていた。
肺に積もる息を吐けば白いのが揺らめく。
「(パラソル立てんの腐れ後輩呼んでやらせて、んで奢らせれば良かったな)」
至極当然そうな顔をして考える事は理不尽すぎる。何ていう人なのだろうか、嘆く坂口が容易く想像できる。
『あの、どいてくれます?』
邪魔なんで、といつもと変わらぬ毒を可愛い顔で吐く空夜。その辛辣言葉さえ愛しく思えるのはただ一人、空夜溺愛症候群基ただの空夜バカ。
そして前橋の藍色の瞳に映るのは逆毛を立ててボリュームを出しているポニーテールをシュシュで結び、濃い青色〜淡い水色へと上にいくにつれ色が薄くなっていく柄のビキニを着ている空夜。
それを瞳に映した瞬間前橋は後悔の念に掛けられた。何故海に連れて来てしまったのだろうか、と。
前橋とて男、好きな人の水着姿を見て嬉しくないわけがない。そう、嬉しくないわけがない、【二人】だったならば。
今の前橋には後悔の念しかない、何故ならばその素肌を、その姿を他の奴らが目にしているから、とんだ独占欲だ。
前橋は群がる女共を掛け分けて邪魔臭そうに女共を見ていた空夜の手を取った。
『?、カズ先生?』
突然の事に目を丸くする空夜、それに何も答えずさっさと手を引っ張り其処を去って行く。無論女共に着いてきたら殺すオーラを出しながら。
ずんずんずんずん、
『せんせ、!』
ずんずんずんずん
『先生!』
ずんずんずんずん
『カズ先生!!』
ずんず、ぴたり、
三度目の呼び掛けに漸く気付いたのか進んでいた足が止まる。
『ちょ、あの、』
「…これ着とけ」
『は、はぁ』
「ん、行ってこい」
いや今から海入んのにいらなくね?とでも言いたそうな表情を浮かべる空夜。空夜には前橋の思考が今一分からないのだ。
『先生は入らないスか?』
「ん?ああ、入るが」
『じゃあ行きましょっ、行きましょっ、』
「は、て、うをっ?!」
腕を掴まれ先程とはまるで立場逆。ずんずんと海へと足を進める空夜にきょとりと目を丸くする前橋、だがふと柔らかく笑った。