目の前の少女仁王くんが慣れた手つきで鍵穴をガチャガチャいじると、あっという間にごっつい南京錠が外れた。すごいドラマみたい!てっきり場のノリで屋上って言っただけかと思ってたのに、仁王くんってば一体何者なんだ。わたしの背中は今じゃすっかり頼もしい。

「…とりあえず、現状把握しとくかの」
「イエッサー!」
「なにそのテンション」
「えへへ ノリ?」

というわけでわたしたちは給水タンクの上に肩を並べ、お互いに朝から順にあったことを整理してみることになった。話によると仁王くんもわたしと同様、目が覚めたら女の子の姿になってしまっていたらしい。ただ夢だと信じ込んでたわたしとは違ってすぐ自宅に電話を掛けてみたらしいけどね。ごめんよ、それどころじゃなくて全く気付きませんでした。

「てことは、姉貴おらんかったんか」
「うん誰もいなかったよ」
「…ならええんじゃ。おったらお前さん絶対ボロ出しとる」
「なんで!わたしの演技力とか主演女優賞並みなんだから!」
「嘘つけアホ さっき女子便所入ろうとしよったじゃろ」
「ぁ……、違うよ!」
「んなあからさまにやっちまったーみたいな顔した後言われてものう?」

なるほど、それで仁王くんはわたしのことを追いかけて来てくれたのか。ほんのちょっとだけ申し訳ないからアホ呼ばわりされたのは水に流してあげるよ。わたしって優しい。とそんな冗談はさて置いて、立ち上がったわたしは仁王くんに向き直る。瞳にはやっぱり見慣れない男の子の姿が写り込んでいた。

「それで、これからどうしよう?」
「どうするも何も解決策が見つかるまでバレんようやり過ごすしかないじゃろ」
「やっぱりそうかあ…」

聞いてよ実は今日の朝からブンちゃんの友達の仁王くんと体が入れ替わっちゃったみたいでさ!だからわたし仁王くんの姿してるけど本当はわたしだから!信じてくれるよねブンちゃん!…ダメだあ、一応台詞を考えてみたは良いものの、それを発したら頭のおかしな子だと思われちゃうのは間違いなしである。当事者のわたしですらまだ信じられないっていうのに上手く人に説明するなんて以ての外だろう。
だけど。先程まで腰掛けていた給水タンクにチラリと目をやる。そこに映る男の子は昨日まで接点もなかった、まるで知らない他人だ。そんな人のふりをするなんて想像もつかなくて、何だか暗闇に置き去りにされたような、一人ぼっちになっちゃったようなそんな不安で胸がいっぱい。

「…そんな顔をしなさんな」
「だって。君の演技は完璧でもわたしに同じことはできないし…」
「そりゃのう。逆に真似できたら詐欺師の名が泣く」
「…? 詐偽師って?」

首を傾げるわたしにものすごく驚いた様子の仁王くんだったけど、ちゃんと教えてくれた。何でも彼は『詐欺師』と称されるプレイスタイルのテニスを好むらしい。パートナーと入れ替わってみたり違うプレイヤーに化けてみたりとパターンも様々で。ちなみに仁王くんは中等部の頃ブンちゃんと同じくテニス部のレギュラーをつとめて全国大会で準優勝をしたんだとか。すごい。外部受験組でかつ彼氏の技すらいまひとつ理解してないわたしにはすごいとしか言えないよ。

「おまえさん…ブンちゃんの彼女なのに何も知らんのな」
「あはは ごめんね」
「まあそういうわけじゃき、心配せんでもフォローくらいする」
「ツイッター?」
「…主演女優サンの演技じゃ」
「ああ、そういうことか!」

こんな綺麗な顔してる男の子はてっきり怖いか性格悪いかのどちらかだと思ってたのに、仁王くんってば実はすごくいい人なんじゃないだろうか。どうすれば元の姿に戻れるのかなんてこと全くわからないけれど、仁王くんが味方ならきっと大丈夫だなんて、初対面の男の子にわたしは言いようもない安心感を覚えていた。だけどいくら彼が頼りになるからってわたしも頑張らなくちゃね。よおし。やったろうじゃないの!わたしだってただポヤポヤしただけの女子高生じゃないんだから、足手まといにならない意気込みならバッチリ。

「んじゃ、早速じゃけど」
「うんうん!」
「みょうじ。トイレ付いてきて」
「…え、っとはい?」

彼について行くとは決めたものの、最初の指令はわたしの想像を超えまくっていました。もしや一人でトイレに行くのが寂しいなんて女子心じゃ…いやいやそんなバナナ。動揺して変なダジャレ出ちゃったけどきっと頼もしい相棒のことだ、きっとなにか真意があるはず。

「朝から我慢しとったんじゃけど、そろそろ限界じゃ…」
「と見せかけてやっぱり!?」
「お願い 行こ?」
「ちょ、え、何で朝行かなかったの!うちんちトイレくらいあるよ!」
「いや…勝手に『そういうの』見たらいけんと思って…」

えええ嘘でしょ。いくらギャップ萌えが流行ってると言ったって、そのナリで純情キャラこられてもわたし困るよ。お色気顔で髪色そんなんなんだったら、ミステリアスなクールガイに中身も統一してくれなきゃさあ。だけども仁王くんの顔はみるみる泣きそうになってゆく。それは見れば見るほど、へにゃんと表情が萎むのだ。やられたと思った。とんだヘタレだこの子。そうかわたしも詐欺にかかってたってこと。

「…わかったから。行けばいーんでしょ行けば」
「ちょ、急いで!はやく!」
「ええっ そんな瀬戸際なかんじ?」
「やば」
「待て!ここではすんな!走れ!」




ピンポンパンポーン ♪
(しばらくお待ち下さい)





「…… ご迷惑をおかけ」
「ほんとにな!!」
「…」

頼もしかったはずの輝く背中は一時間と持たずに、ガラガラと跡形もなく崩れ去っていった。女子トイレで手を洗う猫背は今や面倒くさい物体以外の何者でもない。いやね、そりゃあ躊躇うのは分かるよ。分かるけどトイレくらい行こうよ。というか恥ずかしげもなく延々と仁王くんの筋肉眺めてたわたしってなんだろう。あ、そうでした変態でした。だけどわたしは手に大量のトイレットペーパー巻きつつ頑張って用を足したからね。超勇者だから。あの辛い格闘を思い出しながらヤツの顔を見るとあわてて目を逸らされた。くっそう

「ちょ、無言でスカート折んな!」
「おまえに拒否権はなーいっ」

ああ まったくもって前途多難。


(20101120 修正)
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