サソリ | ナノ





町の外れには古びたお城がありました。そのお城には大昔から姿形が変わらないと言われる魔物が住んでいると言われていました。私は今日もオーブンで焼いたパイと道端に咲いていたきれいなお花を手に、今日も魔物に会いにいきます。

「こんにちは、王様」

魔物、と聞いてみんなは恐れて近付かないけど、ほら、魔物と言われるこの人はこんなに人間みたいな姿をしているのよ。その古びた小さなお城の王様は私の姿をそっけなく一瞥して読んでいた本に視線を戻す。ちょっと前まで来るなり帰れ、と言われていたけれど、最近は諦めたのか何も言わなくなりました。

どうして帰れと言うの、と聞いたところ、王様は少し黙って、お前は変わっている、と言いました。どうして変わっていると言われるのか私にはわからなかった。こんなところにきたら村のみんなに嫌われるのではないか、心配するのではないかと聞かれ、私は、私を心配する人はいない、と答えました。王様は少し驚いて、次に困ったような顔をして、何も言わずにぽんと私の頭を撫でてくれました。王様はとても優しい人でした。どうしてみんなはあんなに王様を嫌うのだろう。気味が悪いからかな、意地悪をするからかな。

「ねえ王様」

お花をひび割れた花瓶に飾りながら王様に話しかけるも、王様はいつものように本から目を離しませんでした。

「王様は、ずっとひとりぼっちでさみしくないの」

「私は、ひとりぼっちはさみしい」

「王様もさみしそう」

王様は静かに答えました。

「さみしくない。」

久しぶりに王様が私の話に答えたのはとても嬉しかった。けれど私にはどうしてもその答えが本当だったとは思えませんでした。だって王様は、いつもお気に入りの椅子に座りながら本を読み、たまに窓の外をぼおっと眺めていたから。窓の外には小さく映る村人の姿。いつも王様の横顔は無表情だったけれど、私はさみしそうだなって勝手ながら感じたのです。

「どうしてさみしくないの」
「ずっとひとりだったから」
「ひとりは、たのしいの?」
「ひとりでいれば、嫌われることも憎まれることもない、何もなくすものなどないだろう」

それは、納得できたけど、悲しい答えだと思いました。私は幼かった。だから何も考えずに王様に言いました。

「私は王様のこと嫌いにならないし憎むこともないよ。ずっと側にいるよ。」

この一言がどうしようもなく王様を苛立たせたのか、王様は目を見開いたあと、ぱりんとひび割れた花瓶を床に落としました。王様は何かを伝えたいようだったけれど、うまく言葉にできないようでした。ただ私に出ていってくれと低い声で言いました。ごめんなさい、ごめんなさい、私はひたすら謝ってお城を出ていきました。王様は私のことが嫌いだったのかなあ。さみしいなあ。

"違う"

私が身寄りのないことをあわれに思った隣町のおばさんが、親切に私を引きとってくれることになりました。それからお城に足を運ぶことなく10年の時が経ちました。私の背はすっかり伸びて、肩までだった髪の毛が腰に届くくらいまで伸びました。季節が巡り、懐かしい香りに目を向けるとそこには小さな花が可憐に咲いていました。あの日、お城に持っていったあの花です。そこで私は王様は今元気でやっているのだろうか、王様に会いたいと思いました。馬車に揺られ、花を抱え、私は懐かしい村にやってきました。お城に向かう足取りが震え、すくみます。また王様に怒られるかもしれない、けれど、王様に会いたかった。

「こんにちは、王様」

王様の姿はあの時とまったく変わらなかった。王様はいつものように私にちらりと視線を向けて、またいつものように本に視線を戻しました。けれどいつもと違っていたのは窓際に花瓶が置いてあり、その中には可憐な花が揺れていること。

「王様、あの時はごめんなさい」

王様は何も言わなかったけれど、黙って花を受けとってくれました。ああ、やっぱり王様は優しい人だ。

"違う"

それから私はたまにお城に足を運んで王様にたくさんお話をした。王様はいつものように何も言わなかったけれど、たまにくすりと笑ってくれたり、私がわからないことを教えてくれたりした。王様とお話をしてる時間はとてもいとおしくてあたたかくて、あまりにも早く、季節と一緒に過ぎ去っていった。

私の髪が白くなっていきました。けれど四季の美しさを、日々の発見を感じることが多くなり、1日は穏やかに流れました。

王様は無表情で私を見下ろします。ああ、王様の瞳はあの時から変わらない。優しくてさみしそうな、王様の茶色い瞳。このときになって、やっと、王様があの時怒った理由がわかりました。遠くからあの懐かしい花の香りが風に乗ってやってきました。またあの季節がやってきたのです。

「王様」
「…」
「私はあの時、ひとりぼっちはさみしいって言ったけれど、私は本当はさみしくなんかなかったんだよ。王様に会えたから、王様が私の話を聞いてくれたから。王様、本当にありがとう、そして、嘘をついてごめんなさい。私はあなたを嫌うことも憎むこともしなかった。できることならずっと側にいたかった。けれど私はあなたの側にはずっと側にはいれないんだね。ごめんなさい。」
「、違う」

王様の、きれいな手が、私のしわくちゃな指を包み込んだ。なんてあたたかい手なんだろう。王様は無表情だった。

「王様、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありが」

王様はぐちゃぐちゃに泣いていた。王様の瞳から涙は出ない。けれど泣いていた。そして、そして何かを叫ぶように、喚くように、鳴いていた。そこで、私はまるで眠るように、死んでいきました。





111110



スペクタクルPのThe Beast.という曲の世界観をお借りしました。
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