サソリ | ナノ

サソリさんからデートのお誘いを受けた。外出どころか滅多に部屋に出ない彼からの「でかけるぞ」という言葉は私をおかしなハイテンションにするには十分すぎるほどだった。前を行くそっけない背中を追いかける私の足は軽やかなステップさえも踏んでいる。

「サソリさん、どこいくの?」
「うるせェ」

いつも通りそっけない返事だけど彼と一緒にいれるということが嬉しくて嬉しくて自然にニヤニヤしてしまう。それにしても珍しい、もしかして槍でも降るんじゃないかなとおそるおそる空を見上げるとふわりふわりと降ってきたのは槍だなんて物騒なものではなく季節外れのぼたん雪。否、雪よりもあたたかな、それ。

「、わあ…」

丘を越えて、目に飛び込んできたものは、それはそれは大きな桜の木。たくさんの薄紅色の花をつけてざわざわと揺れていた。あまりの美しさに目眩が起こりそうだ。

「すっすごいすごい!サソリさん!きれいだね!」

サソリさんはああ、と短く返事をしたけれど心は桜の花びらに奪われているようで心ここにあらずだった。頑なに永遠を愛する彼だけど、さすがにこのぞっとするような美しさには負けているらしい。証拠に、その目は自分の芸術に向けるようなやわらかいような熱いような、よくわからないけど慈しむように揺れていた。

「サソリさん、どうしてここに私を?」

意味もない、咄嗟に浮かんだ疑問だった。風がざわりと花びらを散らす。普通の桜の花びらと比べて、白よりも濃い色に染まっているのは夕日のせいかな?やっとのことでそれから視線をそらしてゆっくり振り向いたサソリさんは、きれい、だった。赤い髪と花びらがふわふわ揺れて、私は絵画の中に閉じ込められた気分になる。今の私の瞳は、サソリさんのきれいなものに向ける瞳の色と、多分同じ色をしていると思う。

「美しいだろ」
「うん!とっても」
「これは俺の芸術だ」

ざわざわ。その言葉の意味が理解できずに口を塞いでしまったその一瞬にも花びらがはらりはらり散る。なんて儚い。

「俺が何年も何年も見守ってきた。他の桜の木とはわけが違う」

確かに他の桜とは、なにかが違うような気がする。こう、語りかけてくるような、呑み込まれるような、よくはわからないけど。サソリさんがここまで、すぐに散って消えてしまうもの、いわば一瞬の美しさにここまで執着してるのには意外だった。

「きれいなものを作るにはそれ相応の物が必要だ。美しいものを見た経験や材料。もちろん才能や技術はついてくるがな」
「じゃあこの桜にはきれいなものがたくさんつまってるの?」
「ああ」
「例えば?」
「さあな」
「サソリさんの愛!」
「ククッ」

笑った!サソリさんが笑ったよ!!まあサソリさんの愛情がたっぷり注ぎ込まれているのならこの異常なくらいの美しさも頷ける。サソリさんはきれいだもの。

「この桜は来年はもっときれいだぜ」
「へええ!来年も来たいな!…一緒に!って、そんな…」

ぎゅう、と私の体が鳴る。実際そんな音を出すことは人間の体の構造上不可能なんだけれど、それくらい強く抱きしめられた。誰に。サソリさんしかいない。

「…えっええっ!サッサソリさんん!?」
「きれいだ」
「…、え、」
「お前も」
「、っは」

事の展開についていけない。どこの少女漫画だこれ!頭の中が沸騰してわけがわからなくなってきた。サソリさんにきれいだなんて言われるなんて夢にも思わなかった。いつも私なんぞに興味なんかなさそうな視線しか感じなかったのに。まさに幸せの絶頂。夢みたいだ。

「わっわっ私、もう、死んでもいい…っ」
「ああ」
「え」

ふわりふわり。音もなく地面に舞い降りる桜の美しい姿には比べ物にならないくらいに無粋な音を立てて私の体が地面に倒れる。今まであれだけ鮮やかだった花びらの色が歪んで白と黒に変わっていく。くすくす、しくしく。耳鳴りと同時に、無数の声が頭上の桜の木から聴こえてくる。

「愛してる」
「サソ、リ、さ…、?」
「これからも永遠に」

視界がさあ、と白にひいていく中、静かに、まるで酔っているように、うっとりと口元をやさしく緩めて私を見下ろす髪だけが鮮やかに赤くゆれた。




春霖は
(血のような花びらが降り注ぐ。)



110418
桜の木の下にはなんとやら。
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