イタチ | ナノ





ばちん。意識の遮断。はっと息を飲み下しここはどこだと辺りを見渡すと暗い青に沈んだ見慣れた部屋。夢。そうか夢だったのか、今のは。ひどく曖昧でいてじわりじわりと踏み潰されるような嫌な夢だった。とりあえずここが紛れもない現実で、安らかに眠りにつける空間であるということに安堵の息を漏らして再度まぶたを閉じる。が、静かすぎるこの闇の中、自分の心臓の音だけがどくんどくんと騒がしい。布団から出た爪先を引っ込めて、ぎゅうとまぶたを閉じるも、言いようのない恐怖が身体中にまとわりつき体温を奪う。時計の短針は4に留まり夜明け前の新しい空気がひんやりと鼻先を掠めた。

意を決して布団をがばっと捲り、闇の間を縫って冷たい廊下をなるべく視線をずらさずに足早に通りすぎる。もしもの話だが、そこに何かがいたとしても目を合わせなければ自分の気のせいに出来るというのは自分なりに必死に考え付いた幽霊対処法だ。端から見たらおかしな、自分にとっては必死な方法を呼吸を止めながら駆使し辿り着いた先は見慣れたシンプルな部屋。丸く膨らんでる布団に一目散に潜り込んだ。

「…、……」
「…ごめんなさい」

この部屋の主でありこの布団の中身である人は一瞬目を見開いたあと、またか、というように瞳を細めて突然の訪問者をぐいと自分の方に引き寄せた。

「寝てた?」
「いや…」
「ごめんなさい」
「…どうした?」

囁くやさしい声が、今まで不安と恐怖で固まった体をじわりじわりと溶かしていく。迷惑だということを省みずにこうしてこの場に逃げ込んでしまう自分が憎い。

「……」
「…そうか」

それ以上は何も聞かずに、指をゆっくり包み込む。その手のひらのあたたかさから、自分の指先が随分冷え切っていることに気付く。おいで、というように自分の前に空間を開けて、遠慮がちにその体に寄るとすっぽり、あたたかい腕の中に自分の体が収まった。どれだけ背伸びをしてみても、この人の前だけは自分がどれだけ子供なのか実感せざるを得ない。やさしい匂いに包まれながらあたたかい胸に顔を埋めているうちに緊張感がふっとやわらぎ、ようやくまともに呼吸が出来るようになってきた。おかしな話だ。

「怖い夢みた」

胸に顔を押し付けながら呟くとそうか、ともう一度囁いて私の髪を指でとく。

「イタチさんがね」
「…」
「大声で笑いながらすごく悪人面してる夢」

吹き出す音。小刻みに揺れる肩に自分も少し空気を吹き出した。だって本当に怖かったんだもん。あのイタチさんのきれいな顔が歪んでこれぞ悪役っていう顔で笑うなんて信じられないありえない。本当の恐怖ってこういうことを言うんじゃないかな。

「本当にこわかった」
「たかが夢だろう」
「うん」

本当はもっとおそろしい夢物語だったんだ、と言おうとしたところであたたかい微睡みが身体中を襲う。安心感に包まれた心はすっかり満たされて眠気を取り戻したらしい。夢路への道筋を辿りながら私の唇はむにゃむにゃと言葉にならない言葉を生み出した。

「本当はね」
「ああ」
「イタチさんが」
「…」
「しんじゃう夢だった」

一定のリズムで髪を撫でる指が眠りの世界にゆっくりゆっくり誘う。ぼやっと視界が滲んで、彼の服にじわりと涙が滲んでしまった。

「…おやすみ」

額にそっと冷たい唇が寄る。昔誰かにされたようなそれは一瞬で現実と夢の世界を逆転させた。極上の布団に包まれた私の体はふわりふわりと夢の世界に堕ちていく。おやすみなさい、おやすみなさい。明日も、変わらない日常の中、当たり前のようにいるあなたに会えますように。




トランキライザーキス
(残り香を追い払う真夜中)


企画:恍惚様へ!
110310
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