サソリ | ナノ




ばばばばば。風が髪をばしばし叩いて、耳に雑音を植え付ける。私と一緒にゆっくり動く遠くの山、びゅんびゅん流れ行く花、いつまでも私の上にある青い空。きもちいい。こうして走り続けてたら風になれるかしら。辿りつく先が天国や楽園だったらあなたに会えた幸せを蹴散らしてひとりで風になりたいわ!


「、待て!こら!」

後ろの方で、イケメンが私の背中に向かって叫んでる。言われて待つくらいなら逃げたりしないけど普通聞くことがかなわない珍しく取り乱した声色をキャッチする耳がちょっとだけ幸せ。ぐんぐん近くなる荒い息に、自分が持てるパワーを出し尽くして足と腕の筋肉を無我夢中で働かせるがひ弱なからだはもうガス欠。ぷしゅーと音をたてるかのように私のスピードは激減していく、その間にいつの間に追いつかれたのだろう、鬼ごっこの鬼にぱしりと腕をつかまれた。昨日新しく重ねた傷がちょっとだけずきんと疼く。

「いたいよ、はなして」
「、お前はっ、馬鹿か!」
「うん、馬鹿だよ」

はああ、深呼吸なのかため息なのかわからない盛大な呼吸が聞こえ、ばしん、頭をひっぱたかれた。いたい。

「バカヤロー…」
「だから、」
「いなくなんな」
「えー」
「えーじゃねえ」

今日は足を止められてしまった。三日前は指、一週間前は腕、二週間前は…なんだっけ。サソリはなんでもかんでも私のやりたいことを止める。明日も明後日も同じことを繰り返すのに、なんでだろう。馬鹿はサソリの方じゃないの。

「ほら、病院帰んぞ」
「やだ」
「やじゃねえ」
「やだー」
「…はあ」

サソリはなにひとつ私の言うこと聞いてくれないのにどうして私がサソリの言うことを聞き入れようか!にやにやしてるとぎろり、悪人面が私を睨む。こわいこわい。でもそんなつりあがった顔しながら、ぎゅうと捕まえられた手首をやさしく握り直して、まるで大切なものにでも触れるかのように私のボロボロの手首を撫でる。…ああ、その顔が辛いから、私はあんたから逃げたいの。

「ねえ、しにたい」
「ふざけんなよ」
「だってもうちょっとでしぬんだもん」
「しなない」
「近所のおばちゃんちょろまかしてた頃に比べて随分嘘が下手になったね」

こいつは昔からそのかわいい顔を駆使して世間を上手に渡り歩いていた。にもかかわらず今のこの有り様はなにさ。そんな、泣きそうな顔すんな。見たくないよ。それが辛いの。あんたのそのムカつく顔が、本当のことを隠すように笑うのが悲しいんだよ。

うっかりポイフルと見間違えて薬をいっぱい飲もうとした、6階建てのビルから鳥になろうとした、手首に突如太い毛が生えてきたから根こそぎ剃ろうとした

その全部を止めたあたたかい腕から、はやく、できるだけ遠くに逃げたいのに、どうしていつも異空間を通じて伸びてくるのだろうか、どうしていつもそこにあるんだろうか

「テメェなんかさっさとくたばればいいのに」


じゃあその震える指をさっさとふりほどいてください、私はさっさとあんたの眉がどんな形だったか忘れるくらいに遠くにいくから



すったからった
110213

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