サソリ | ナノ





「おい」

機械音が一定に鳴り響く空間を掠れた声が気だるそうに打ち壊した。ふ、と意識をこちらに戻し声の発信源へと瞳を向けるとそこには少しだけうんざりした顔。さっきまでそこに丸まって眠っていたのにいつの間に起きたのだろう。

「まだ終わんねぇのか」
「もう少し」

カタカタカタとキーボードに指を走らせているとそれに混じって衣擦れの音が微かに聞こえる、と、後ろからするりと首にあたたかい腕が回る。ふわりと首を掠めたやわらかい髪がくすぐったくて、ふふ、と思わず笑いが溢れた。

「なあに」
「待ちくたびれた」
「もう少しで終わるから」
「んー」

それでも不満なご様子で母に言い聞かされた子どものような声をあげてぎゅうと首元に顔を埋めた。唇から漏れ出す吐息が首を撫で、その微かに官能的な温度に諦めて指の動きを止め、代わりに背中に引っ付く彼のふわふわの髪をゆっくり撫でる。

「今日は随分甘えるね」
「別に」
「そう」

相手をしてしまったことをいいことにゆっくり生ぬるい舌がぺろと耳の下をなぞる。ぞくりと肌が細かく泡立った。

「本当に、どうしたの?」

いつもよりも誘惑的な彼にくるり首だけ向けるとそのままかぷ、いたずらに唇を甘く噛まれる。猫のように細められた熱っぽい瞳を至近距離で見つめながら、この年で随分色気を纏う子どもだなあとぼんやり思った。一体どこで覚えてきた。口付け、というよりはどこかかわいらしくて、動物が行う愛情表現に似ていた。やわらかい唇をゆっくり舐めると答えるように舌が交わる。自分も彼の首に腕を回して、時には愛を、時には棘を撒き散らす唇と唇を塞いで、その熱を帯びた静寂に耳を澄ました。

「さみしいの?」

僅かに空いた隙間でひとりごとのように呟くと、少しだけまるで本当に寂しそうに瞳を揺らして、彼は小さな小さなひとりごとをぼろりと呟いた。

「あいして」

自嘲するように、泣きそうに震えた声が無償に愛しくて愛しくて苦しかった。ぎゅう、と彼を抱き締めて、私はそれがたったひとつの真実かのように「あいしてるよ」と囁いた。彼の顔は見えない。きっと、どうしようもなく虚しいような顔をしてるんだろうなあ。当然だ、根拠も何もないたった六文字で彼の寂しさを埋めることが出来るのなら彼の寂しいと感じる心がとても価値がないものになってしまう

彼の、小さな、とても小さな切実なる欲求を満たすことが出来るなら、「私なんかどうにでもなっていいんだよ。」だからそんな顔しないで、ね?



亡骸に保存料を詰め込んでください、いずれは剥製にして戸棚に飾りましょう、彼の泣いて喜ぶ顔が目に浮かぶようです
(飽きたらその笑顔のまま捨ててしまってもいいよ)(これが、私があなたに出来る唯一の、)


110112
リクエスト消化!
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -