サソリ | ナノ




唇が触れ合うほど近くにいる女の目玉は死んだ魚のように濁った瞳をしているのにも関わらずその唇は薄ら笑いを浮かべている。驚くほどに冷たい指がつう、と唇をなぞり、何がおかしいのかクスクスと楽しげに笑う。背中から伝わる冷たい床の温度のせいか否か背筋がぞわぞわ凍りつき、女の身体を押し退けようともう一度抵抗してみるがてんで叶わない、お返しにと腹に鈍い痛みをほどこされ、口の中が胃液のつんとした味で埋めつくされた。

「テメ…なにしやが、る…」
「お忘れになったのですか、サソリさん」
「…なにいって、っう、あ」

身体中を支配する痛みのせいか、どこを何で傷付けられているのかが理解できなかった。身に纏う制服の白いシャツはもはや赤、赤、赤。ブラウン管でしか見たことがないその生々しい情景をもたらしている液体の正体が、自分の体から溢れ出たものであると考えるとさあっと血の気がひいていくのがわかった。それと対称にくすくすと肩を震わして、上品ともとれる笑い声をあげる女は歓喜に満ち溢れているような恍惚の表情。その、やけに整いすぎている顔が息がかかるくらいに間近で笑みを浮かべている。気味が悪い。

「おま…誰だよ…」
「ああ、お忘れになってしまったのですか」
「意味わかん、ねぇ、う、っ!?」

痛みを訴える感覚器官の中で確かにじわりと襲いかかる快感。歪んだ頭がまた別のもので滲んでいく。意志に反して反応する体を、漏れだす声を抑える指などとうに使い物にならなくなってしまった。だだ漏れる声は果たして自分の発した声なのか疑わしいくらいに、情けなく、空気と一緒に溢れだす。呆気なく白になる頭。酸素を、欲している。

「は、あ」
「あなたは」

こうして何度も何度も何度も痛みと快楽を私に教えてくれましたよね、
女はわけがわからないことをにこやかに呟き指にまとわりつく白い液をぺろりと舐めあげた。その常軌を逸した光景に理解が到底追い付かない。俺は普通の高校生だ。この気を違えた女によって血みどろになる前まで、は。冷えた指先がまたも熱を持ったそれへと触れる。浅い呼吸を繰り返す俺にもうひとつの手がさらりと頬を撫でた。

「ずっと会いたかった」
「…っ、ん、」

勝手に矯声を口走る唇に蓋が被さる。舌が、指が、痛みが頭をぐるぐると掻き回して今すぐにでも気が狂ってしまいそうだった。この狭い部屋の中で行われる理由もない折檻はいつまで続くのだろうか。しかし一番わけがわからないのは、名前も顔も知らない女を、悪逆非道の限りを尽くす女を美しいと思う心だった。




「愛してますよ、永遠に」





自分の下で恐怖に揺れる瞳が睫毛がかわいらしい。なんという至福。こんなに素直に反応してくれる彼が自分の腕の中にいるなんて夢のようだった。私が知る彼は、私をひたすらに冷たく、蔑みしかし何よりも愛情がこもった瞳を私に向けていた。その愛情というのも単なる「芸術」としての枠に収まるものだったけれど。死んでしまったほうがどれだけ楽かというくらいの痛み、快楽の海に溺れてしまうほどの疼き、そして最後に私の体は永遠というものを彼から与えられた。極論的なこの3つの中でいつから私は彼を愛してしまったのだろう、初めから、はたまた失ってから?まあそんなことはどうでもいい、長い長い長い時を経て何よりも愛しい存在が自分の側にいて、与えられる痛みに快楽に瞳を細めているのだから。

「…やめ、ろ…」
「ふふ」
「、…っ」

愛しい愛しい愛しい。指の動きひとつでころころと表情を変えてくれるあなたが何よりも愛しい。その綺麗な瞳から溢れだす涙のなんという美しさ。もっと、見せてほしい。今まで見ることが叶わなかったあなたの、涙を、赤を、白を!ああ好きだ!そう自分の中で増幅した愛情がばちんと音を立てる。すると唇からつうと血が流れる。あなたのその美しい顔に良く映えるわ。私はあなたから与えられるものに自分という存在を見いだしていたの。苦しいのは生きてるから。気持ちいいのは自分も人と同じ三大欲求を持っているから。それがなければもう生きていけなかった。だから私は彼を愛したのかもしれない。

「…あなたも」
「…う、」
「そうなってほしいな」

彼の首に爪を立て、ぶちぶちと音を鳴らす。痛みに歪める顔が、自分は殺されるかもしれないという恐怖に本能的に助けを求める瞳が、

「愛しい、よ」

ほんの、ほんのすこしだけ、彼の唇がゆっくりと弧を描いた。

ああ、やっぱりあなたも私と同じだね。






ようこそ
狂った愛憎世界へ

(ほら堕ちた)


101219
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