サソリ | ナノ




真っ暗な部屋。汚れた体。空虚な心。ガラクタが散らばる部屋の片隅で身を潜めるように呼吸を繰り返す。時計の音だけがやけに大きく響き、ふいに息を止め自分という存在など規則的に時を刻む秒針の音に掻き消えてしまえばいいのにと瞼を閉じる。しかし、それはあまりにも贅沢な願いというもので、無情にも遠くのほうから小さな足音が聞こえてくる。ひとつ近付く度に静寂を保っていた鼓動はびくりと跳ね上がり、ガタガタと体が震え寒いはずなのに汗が所々から吹き出してくる。ギイ。死んでしまいたい。軋んだ扉の音と共に、安寧を保っていた暗闇を絶望的な月の光が照らす。

「…まだ生きてやがったのか」

舌を噛みきることさえ許してくれないのは他でもないこの男だというのに。こんな狭すぎる部屋の中に逃げ道などないというのに、自由が効かない足は反射的に彼から遠ざかるようにみっともなく動く。男は楽しむようにくすりと笑った。

「そんなに怖がるなよ」

哀れみの視線を向けながら子どもをあやすような優しい声色が頭の中をぐちゃぐちゃに掻き回す。どんなに優しい言葉を紡ごうと自分の頭はなによりも残酷な言葉に自動的に変換された。

「…こっちにおいで」

嫌だ嫌だ嫌だ!頭は全力でその言葉を拒否しているのに体はずるずると男のほうへと向かっていく。否、動かされていると表現するべきか。

「いい子だ」

意思に反して動く体に本気でクナイでも突き立ててやりたいと思う。男は辿り着いた体を一撫でし、ゆっくりと私の唾液まみれの猿轡を取り去りその代わりに無機質な口付けを施した。その瞬間、私の体はぞくりと泡立ち、冷えた指先までじんわりと熱くなる。

「…っ、いや」
「すぐに終わる」

体はこれからされることへの快楽をいやというほど覚えているのだ。長い間繰り返された行為に体は使い物にならないほど馬鹿になってしまったらしい。ある時はいきなり蹴られることも切りつけられることもあるというのに。そんな愛の微塵もない行為でさえも欲しがっているというのか。

「…や、いや、殺し、て」
「お前に飽きたらそうしてやる」

涙で滲む視界の中で男は満足そうに瞳を細める。長きに渡って彼の手によって開拓された体は動きひとつで呆気なく反応してしまう。そんな自分を嫌悪し屈辱に歪む顔が彼の笑顔を生み出すのだろう。

「変、態…」
「お前もな」

その意地の悪い笑顔を間近で受け更に肌が細かく泡立ち男のすべてを欲しいとよがる自分も大概変態だ。

「…、やめて、助けて、消、して、殺し、て、帰して、帰して、帰、して…っ」
「欲張りな女だ。こんなに愛してやってるじゃねえか」

くすんだ天井がぐにゃりと歪む。頭が真っ白になる寸前に止められる律動。意識を手放すことさえ許してはくれない。耳を塞ぎたくなるような体が混ざり合う音、吐息。吐き気がする繰り返される呪文に気が狂う寸前だった。

「お前は俺のものだ」
「…、」
「そうだろ。言わないとやめない」
「……、う、う…」
「くく…泣くなよ。逆効果だって知ってんだろ」

助けて。助けて。助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助け、て。もう思い出すことも困難になった優しい顔に必死に救いを求めるも、唇はこの痛いほどの快楽から逃げるために裏切りの言葉を、長い間渇望したものをぼそりと望んでしまった。


「……、もっ、と、愛して、」



意識の糸が途切れる瞬間、満足そうな馬鹿にしたような笑顔を浮かべるかと思われた男は傷がついたような泣きそうな顔で笑うものだから、素直に彼だけを恨むことはできない偽善と同情を生み出し空っぽにされた心を満たす夜を怯えながら明日も待ち続ける。



(どうしろっていうんだ)
101117
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