サソリ | ナノ





「あんた最低本当信じられない」

散々ドラマのシーンで聞き飽きた台詞を一気に吐き出した。ママに怒られた子どものようにムスッとした顔にはあらきれい、真っ赤なモミジが散っている。折角の美形が台無しだった。まあもっと台無しになってしまえばこんなクソヤロウにはならないで済むのだろうけど。そんな大きいモミジよりも視界にちらつくのは首筋に咲いた小さな赤。あああ腹立つ。

「……仕方ねえだろ」
「なにが」
「女が一度でいい、もう会わないっていうからよ。痕をつけられているのには気付かなかったが」
「それだけじゃないですよね」
「……乳が、俺を、ね」
「ね、じゃねえよ何回目?ねえあんた何回たわわなおっぱいに惑わされるの?そんなに巨乳がいいか貧乳で悪かったな死ね!」

今度こそは亀裂が入っていた堪忍袋の大爆発というべきか、こいつの浮わついた行為にはもう懲り懲りだった。このちゃらんぽらんはモテる。顔もいいし声もいいし女をちょろまかすのなんて得意分野だろうしなにもしなくてもこの美形を女が放っておかないだろう。今はその無駄に整った顔が憎たらしくて仕方がない。

「俺は悪くない。女が悪い」
「どっちでもいいわ!むしろ乳にうつつを抜かしたお前が悪いわ!」
「…、お前が一番だ。それは変わらねぇ」
「あーあー聞きたくない」

愛の言葉なんざ滅多に吐かない彼のこのたまの甘い言葉に何度騙されてきたことか。惚れた弱味というやつで結局は唇、腕、甘い言葉にいいくるめられてしまう。そもそも所謂モテ男が私を彼女にし一番にする可能性なんて微塵もなかっただろうに。私が馬鹿だった。住む世界がまるで違う。このコンプレックスをうまく和らげていたのは他でもないこいつだったのだけれど、それも嘘。あれもこれも全部真っ赤な嘘だったんだ。そうと思えばモヤモヤな脳内もすっきり。早くこの部屋から出ていこう。

「…なにやってんの」
「私の持ち物の整理」
「おいおいマジかよ」

随分と長い間居座ってしまったものだ、服、下着、マクラ、コップ…ああひとつひとつを鞄に無理矢理詰め込むごとに馬鹿らしすぎて涙が出てきそうになる。しかしこれは意地でも奴には見せない。見せたくない。泣いたら負けだと思った。サソリは「あっそ」と短く呟き、ソファーに腰をかけ背中を向けた。そういえばあのソファーもニ〇リで二人で一緒に選んで買ったっけなあ。確かにお値段以上だった。今となってはくだらないことで笑った美しき日々もヒビだらけのガラスに等しい。ちょっと今うまいこといった。

「好きにしろ」
「うんそうする」


あ、終わったのか。あまりにも呆気なさすぎて楽しくなってきてしまった。今日食べる予定だったコンビニで買ったプリンもついでにストックしておいたアイスも根こそぎ持ってってやる、と冷蔵庫を開け目に飛び込んできたものにピタリと手が止まる。時計を見ると秒針はそろってもう少しで12を差すところだった。手をかけたその白い箱にはあと三分後だけに意味がある彼を祝福したケーキが入っている。しかも手作り。なんて重い女なんだろう私は。私がせっせとこれを作ってる時まさにこいつは違う女とちょめちょめしていたというのに。馬鹿げている。冷蔵庫から出る仄かな冷気に涙腺が刺激されたのか、込み上げた涙がいよいよ視界を濁す。その時後ろからずしりと温かい重みが加わった。

「なに」
「…悪かったよ」
「知らない」
「聞け」
「聞きたくない」
「お前のこと、嫌いじゃない」
「私は嫌い」
「嘘じゃねえよ」
「本当なわけない」
「……すきだ」
「大嫌い」

彼が吐き出す嘘に負けじと私も答える。皮肉なことにどれもこれも真っ赤な嘘だけど。背中に顔を埋め後ろから回された腕がぎゅうと私を締め付けるものだから濡れ雑巾をしぼるようにボロボロ雫がこぼれ落ちてきた。呼吸をゆっくり吸う音が聞こえ、こうしてまた卑怯な言葉を囁くのだ、



「愛してる」



聞きたくない聞きたくない聞きたくない聞きたくない聞きたくない聞きたくない聞きたくない聞きたくない!!!



「…俺と」
「…」
「けっ「お誕生日オメデトォォ!もう二度と生まれてくんな!!!」

憎たらしい美形が気持ちいい音を立てて今度は甘く真っ白に埋め尽くされた。ざまあ!ケーキにまみれたちゃらんぽらんは暫く制止したあとぷるぷると肩を震わしクククッと笑ったものだから私も盛大に笑っておいた。ケーキに埋め尽くされた赤が少しだけ白に染まった。ような気がした。





真っ赤

(誕生日には絶望をくれてやる!)(…ちゅっ)(!)(ククッ)(…甘!)




101108
企画:赤月 様へ!
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