イタチ | ナノ



ひらひら、ふらふら。届きそうで届かない指の先に蝶がひらひら踊る。その不規則なワルツにつられ、鮮やかな羽根に惑わされたかのように私もそのあとに続きふらふら踊る。蝶が悪戯に指先を掠め続けるものだからついつい追いかけてしまったが、この愉快な鬼事は蝶が遊びに飽きてしまったことで幕を下ろした。低空飛行を続けていた蝶はふわりと風に乗って遠くの森へ行ってしまった。なんだ、つまらない。少しの虚無感を覚え踵を返したところで、はて、と首をひねる。
ここはどこだ。
いつの間にこんな辺境へきてしまったのだろうかとメルヘンモードから頭が切り替わり徐々に焦りと不安が押し寄せる。自分の頼りない勘を頼りにむやみやたら歩き回るも見慣れた風景には出会えない。むしろ鬱蒼と生い茂る森の方向に歩を進めている気がしないでもない。ぐん、と日は西に傾き森からは不気味な鳥の声が聞こえてくる。不安というのは増幅するもののようで、昔母から言われた神隠しやおばけの迷信がぐるぐると頭を巡り、あげくの果てにはすべてのものが顔に見えてきた。あまりの恐怖に体が震えるなか、ありったけの声を絞り出すも森のざわめきにかき消され響くことなく消えていった。これは、ヤバいんじゃないかな。忍は涙をみせたらなんちゃらっていう教訓が頭をよぎったが、私の涙腺は崩壊寸前だった。

「だっ誰か助けて!!」
「何をやってるんだお前は」
「ギャーッ!!」

唐突に背後から降ってきた声に驚きのあまり前方に全力失踪しようとして木の枝に躓いて地面にのめり込んだ。腐っても私は忍である。

「何をやってるんだお前は」

先程のセリフと似て非なる部分は呆れ具合の度合いだった。痛む鼻を抑えながらゆるゆると振り向くとそこには見飽きた、どうしようもなく生け好かない顔が呆れた目でこちらを見下ろしていた。

「…げっイタチ!」
「こんなところまで修行か」
「そっそうだよ!ついつい気合いが入っちゃってさ!」
「で、何故助けを求めてた」
「いやそれはあれだよ、シュミレーション的な、ね!助けを求める農民に私が!ていう」
「へえ。その目に溜まったものは?」
「いや、これは、その」
「…本当にお前はよく迷子になるな」
「ち、ちげーし!は?」

必死に弁解する私をやはり生け好かない顔で見つめては盛大に鼻で笑いやがった。こいつと私は小さい頃からの付き合い、所謂幼馴染みで、一緒に育ってきたわけだけれどどうも頭の出来が違うらしく、こいつはどんどん昇格していき今は天下の暗部だとか。対する私は一族にしては未だ落ちこぼれの忍で。そんな私を馬鹿にするのはこいつの特権だった。

「あんたこそなんでこんなところに」
「任務帰りだ」
「普通に里中を通っていけばいいじゃん」
「たまたま近道をしたんだよ」

任務の入れ違いなどでしばらく逢わないうちに随分と出来た顔になったらしく、喧嘩腰の私と喋る合間に見せる顔はびっくりするほど冷たく無表情だった。昔から人間離れしてるような男だったがいよいよ人間らしくなくなったか。と、鬼を見るような目でみてると、ほら、と手を差し伸ばされる。

「…え、何」
「帰るんだろう。いつまでそこにいるつもりだ」
「べ、別にひとりで帰れるし!」
「里は逆の方向だが」
「……」
「ん」

珍しく、本当に珍しく笑ったものだから、ついついその手を握ってしまった。一体どうしたというのだ。こいつも私も。こうして手を繋ぐのは何年ぶりだろうか。そういえば何度か同じことがあったような気がする。そんなデジャブ。不思議と真っ暗な道でもなんの不安も生まれない。

「…相変わらずつめたいね」
「お前はあたたかい」

生け好かない奴だけど、私は生け好かない奴だと誤魔化していただけなのかもしれない。だってこいつは昔からやさしい奴だった。方向音痴で度々迷子になる私を偶然見つけてはこうしてはぐれないように手を握って
歩いて
くれた。そんなかわいらしい思い出の海に漂いながら、まあ結果的にあいつはやはり生け好かない奴だと思う。優しい奴だとうっかり思った次の日私はうっかりあいつに殺されてしまったのだから。何度殴ってやろうかと思ったことか。しかしうっかり最後に見てしまったあいつの至極辛そうな顔でまたまたうっかり私はあいつのことを優しい奴だったのだと思ってしまったわけで。長い間開くことがなかったまぶたをようやく開ける。眩しい光が差し込むかと思いきや広がるのはただただ闇。私にとって闇はおばけよりも怖いものだと思っていたけれど、私の足はしっかりしっかり真っ暗な道筋を辿っていく。怖くはなかった。寂しくもなかった。何故なら口にはけして出さないだろうが私よりも寂しい想いをしているだろう人がこの道の先にいるのだから。





イタチ

あー痛かった
…すまない
ねえ、もしかして迷子?
……、そう、みたいだ

……
やっぱりつめたい
……すまない
待ってたよ
…ありがとう






歩いてほしい
101027
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