イタチ | ナノ





そこには空があり花があった。その空模様は西を仰げばオレンジと赤と紺のマーブル、東をみやれば憶千に煌めく星と薄い灰色がかった雲と青い月。花は人の顔より大きい花弁をつけ歪な形と色に咲き誇る、そんな花々に敷き詰められた草原を見渡せば空の向こうに太陽がぽっかりと沈み雲を朱に染めていた。空と地が極彩色に混ざりあった、言うなればどこまでも平和でどこまでも不気味でどこまでも奇妙な空間だった。


ここはどこだ。


延々と続く花畑を歩いていく。行けども行けども景色は変わらない。これだけ緑が豊富なのにも関わらず鳥や獣、虫の気配さえも一切感じない。おかしい。変だ。こんな倫理も常識も通用しないヘンテコな世界に佇む自分の足元に落ちる影はあくまで自然。鮮やかすぎて気持ちが悪くなるくらいのその異様な空間の色に溶け込んでいた。頭が割れそうだった。

「おにーさん」

不意に、背後から幼い声が聞こえた。その気配の無さから驚いて振り向くと、そこには年端もいかない娘がひとり。自分より遥かに低い背丈の筈なのに、娘の視線は自分と同じ平行線にあった。どういうことだ。

「…おまえは…」
「おにーさん、わたしとてをつないでくれますか?」

ここはどこだ、お前はだれだ、聞きたいことがやまほどあった筈なのに差し出された小さな手のひらと無邪気な笑顔に緘黙し、無言でその手に自らの手を重ねると幼い女はにこりと笑い、暗い青に沈んだ東の方向へ歩み出す。

「ここはどこだ」
「どこでしょう」
「お前はだれだ」
「だれでしょう」

くすくすと、先ほどより幾分大人びた横顔は楽しそうに笑みを溢す。歩を進める道のりと空の色は相も変わらず不可解な筈なのにその現実を素直に受け止めてしまう自分がいる。その景色に馴染む度に、自分の体はどんどんと軽くなっていくような錯覚に陥った。

「心配しないでください、こうして手を繋いでいるのではぐれる心配はありません。」
「……」
「なにがなんだかわからない、といった顔をしていますね。私とあなたは何年も前からずっと一緒に歩いてきたのですよ」

女の横顔は凜と前を見据えていた。歩を進めるごとに成長していく女の姿に感じる筈の違和感は働かなかった。迷いなく花を踏み締め前に進んでいく足元に視線を落とせば、自分にあったはずの影がぼろぼろと拡散していき、やがて消えていった。ああそうか。俺は。

「俺は死んだのか」
「ええ、そうです。ここは冥土への道のりです。」



毅然と答えた女は足を止め、そこでようやく自分の方に振り向いた。懐かしいとなんとなく思い、無意識に片方の手でその女の頬に触れる。女は嬉しそうに微笑んだ。瞬間、足元が歪み、そこにあった筈の地面がぐにゃりと崩れ、指を絡めあったまま自分と女の体はゆっくりと極彩色の花びらと共にふわりと青い宇宙に沈んでいく。


「怖いですか」
「…いや」
「それはよかった」


笑みを崩さない女と違って自分の体は花びらとなってゆっくりゆっくりと崩れていった。


「大丈夫。あなたが消えるまで私があなたのお供をします。あなたがまた、実体となって生を受けるまで何年も何百年もずっと一緒です」
「…さみしくないな」
「ええ、さみしくないです。だからもういいんですよ」
「…」
「もう、いいんです。嘘も本当も、ここにはなにもない。長い旅路に疲れたことでしょう」
「…ああ」
「さあ、目を閉じて。…朝がきて、また夜が訪れたら、」



またあいましょう
おやすみなさい



そういって自分の体は温かい腕の中に包まれた。ゆっくり微睡みと青に沈むなか、そこでようやく思い出す。自分は、ようやくここに帰ってきたのだ、と。







(次はいつ巡り会えるのだろうか)
101009
イメージソングはカロンです。簡単に解説するとこれはあの世の話でカロンというのは冥府の川の渡し守で、ヒロイン事態が船であり揺り籠であり兄さんの存在そのものであり生まれて死んで輪廻を辿っているといういつにも増してわかりづらい話ですみません…
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