小説 | ナノ



世間は冬、きらきらと輝く装飾を眺める浮き足だったふたりの間を容赦なく木枯らしが吹き抜ける。もっとも木枯らしが吹きあれようがきっとふたりの熱は冷めやまないのだろう、証拠に女が黄色い声をあげて男にぴたりと寄り添う。男は笑いながら肩を抱く。あははうふふと幸せなオーラを周りに振り撒きながら枯れ葉が舞う路地を歩いていった。部屋に引きこもり試験管とにらめっこしているあの人のように、反吐が出るとまでは思わないが理解はできないなと女として寂しすぎる思いを抱く。悲しきかな私は恋という感情を知らないで今まで生きてきたのだった。ゆえにクリスマスシーズンに突入しどっと増えたように思われる男女のカップルに出会っても寂しいなど切ないなどといった感情は非常に悲しいことに芽生えないのだ。ふと彼は恋をしたことがあるのかとぼんやり彼の乏しい表情を思い浮かべた。いや恋を知ったことがないはずがないか。誰もが憧れた、彼なら。

ピンポーン。いつものようにインターホンを鳴らす。しばらく経ってから聞きなれた鍵を数回外す音、ドアノブに手をかけ扉を開こうとしたら何かにつっかかり扉が開かない。はて、と数センチだけ開いた扉の隙間を覗くと髪の間から覗く瞳がぎょろり。

「ギャー!な、なんですか!」
「下界は乾燥し様々な雑菌が蔓延している。お前のその服にも髪にも風邪やらなにやらウイルスがべったりと付着しているんだ。それをみすみす部屋にあげるなんて片腹痛い。帰れ。」
「え、仕事なんですが」
「お前は馬鹿か。矛盾という言葉を知っているか。」
「甘味買ってきましたよ」
「…」
「坂本屋の団子にお饅頭」

ばたん。ガチャリ。ぽい。さまざまな消毒剤に彼の上着、だろうか。せめて上だけでも着替えろという意味か。慣れてはいるがはあと溜め息をつき、10分弱消毒しジャケットを脱いで彼の服を羽織る。ふわり、清潔でどことなく優しいような彼の匂いがした。

潔癖症だからといって一概に部屋が綺麗だというわけではない。散らばった書類をてきぱきと整理しているとまたもや彼の冷たい視線を感じる。気になる。気になりすぎるが気付かない振りをしておく。ただでさえ神経質な彼だ、正直いつもより重たい空気に心が折れてしまいそうだ。いつものように小言を言われるのだろうか、諦めてふっと視線を合わせると僅かに眉間に皺がよるのが垣間見える。そんなに不快かこの野郎。とは口が裂けてもいえません。

「お前」
「…はい」
「ここに住め」
「はい。…はい?」

彼のマスクに遮られた声が私の頭を一気に真っ白にさせた。どういうことだ。

「使ってない部屋に適当に寝ろ」
「ちょちょちょっと待ってください」
「なんだ」
「今なんて言いました?」
「使ってない部屋に」
「いやその前!」
「ここに住めと言ったんだが」
「ちょっと待ってください」
「なんなんだ一体」

ありえない。この重度な潔癖症と壊滅的な対人スキルをあわせ持つ人間が彼にとってウイルスそのものである私と共同生活ができるわけが、ない。それに、だ。彼は男で私は、一応、これでも、女でありまして、

「…顔が赤いぞ。風邪なら俺に近寄るな」
「いやいやいや博士あのですね、わっ私、一応、女なんです、が!」
「…は?」
「勿論あなたと私はただの博士と助手、しかし男女であることにはかわりないといいます、かっ」
「……」
「……」
「………ふっ」

彼が、あの仏頂面な彼が、初めてマスクの下で笑ってくれました。でも何故でしょう、こんなに腹立たしいのは何故なのでしょう



「お前という存在が汚らわしいのは勿論のことだが下界を行ったり来たりし黴菌を持ってこられるよりは俺にとっては都合がいいということだ」





彼はとんでもない傍若無人だった



(ずっとここにいろ)(…)(どこにもいくな)(………)
101205


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