小説 | ナノ



死ねばいいのに。汚い手、隣でぺちゃくちゃ喋る度に散乱する唾、交わる唾液、心身共に全てを拒絶しているのに周りに合わせてへらへら笑う自分。体内を駆け巡る過去の記憶と物理的なものがぐるぐると頭を掻き回し世界を揺らす。理想とする場所は無菌室。そこで生涯眠り続け終わりを迎えたいと本気で思う。肉眼では確認できない世界、初めて顕微鏡を覗いたのは小学の頃だったろうか、幾百幾千に渡る指や物に付着する雑菌の存在を知ったのは。いくら水で洗っても落ちないそれに子どもながらに自分という存在、人間そのものに心の中がすっと冷めたのを覚えている。この薄汚れた世界を平気にのうのうと生きる人間に、自分に吐瀉物が込み上げる。菌の巣窟である電車の空気、大多数の中での食事、甘ったるい匂い…


汚い、汚い、汚い!


自分を映すすべてのものが憎かった。自嘲するくらいに典型的なヒステリックにいつからか周りの人間は離れていく。それでいい。べたべたと貼り付いて離れない煩わしい人間関係など断ち切って当然だった。





「あ、起きました?」


うっすらと重い瞼を開くと襲い掛かったのは酷い頭痛と体の至るところの痛み。真っ白な天井が眩しくてもう一度眼を閉じる。そして、声の主の存在を理解し飛び起きる。同時に右手に鋭い痛みが走り抜けた。

「買い溜めしておいたレトルト食品にまで手をつけないなんてあなたは死ぬおつもりだったんですが」

呆れた調子で喋りながらも心配そうに自分を覗きこむ女…確かこの女は助手だったか。段々と先刻までの自分の所業を思い出し右手に巻かれた包帯に少しの嫌悪感と疑問が浮かび上がる。

「…何故いる」
「は?」
「何故まだここにいるんだ」

自分の中の静かな狂気。凶器を向けたにも関わらず何故この女はまるで何もなかったようにすっとんきょうな顔をしているのだろう。自分を殺そうとした人間がここにいるというのに。

「…答えろ」
「何故って…私はあなたの助手だからでしょ?」
「…は?」

大真面目な回答に今度は自分が間抜けな声をあげる番だった。こいつは…こいつは馬鹿か。

「軽い貧血のようですし今度こそちゃんと食べてもらわなきゃ」
「…いらないといっているだろう」
「…あとで吐いてもいいからとりあえず今は食べてください」

ずいと差し出された卵粥に早速吐き気を催す。しかしこいつは意地でもこれを食わすらしい。この間のように無理矢理突っ込まれるのは御免だった。あとで吐こうと諦め、渋々口を開けた。

「…」
「…」
「……まず」
「はいはいどんどん食べましょうねー」

次々と運ばれるそれに幾度となく吐きそうになりながら噛まずに必死に飲み下す。詳しいことは考えたら負けだと思った。

「…お前は」
「え?」
「怖くないのか」
「全然」

感情を殺した問い掛けにあっけなく答えられて拍子抜けした。そういえばこの助手は長持ちだった。いつもなら逃げ出す頃なのに。本当に久しぶりに、食べ物がほんのすこしだけ美味いと感じた。






彼女は極度の阿呆だった。


(梨や林檎もありますよ)(…勘弁してくれ)(ビタミンの為にキャベツもあるんですが)(……)(…あ、キャベツ好きなんだ)
100923

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