小説 | ナノ





「お迎えにあがりましたよ、なまえさん」



暗い影の中から音もなく現れたのはサソリの身長を一回りも二回りも上回る大男だった。知らないはずの男の丁寧な口調と裏腹な不気味さにガタガタと足が震える。見た目は少しだけ体格が大きい成人の男と何ら変わらないが、本能がけしてこの男が人間ではないということを告げている。

「サ、サソリ、私この人、知らない、」
「おやおや、忘れられてしまいましたか。寂しいですねぇ」
「…え、」
「さあ、いきましょう。あの方がお待ちです」

大男の腕が伸び私に触れようとした瞬間その腕は繋がっているはずの胴体と切り離され血飛沫をあげながら宙に舞った。突拍子もなく見せられたショッキングな映像に思わず悲鳴をあげる。

「くく、これはこれは」
「こいつはただのどこにでもいるような冴えねぇ女だ。こいつにつきまとうのは、いい加減、やめろ。お偉いさんがこいつを探してんならそれは勘違いだぜ」
「私にそんな妄言が通じるとでも?」
「あぁ、お前みたいな筋肉ヤローにはよ」
「くくく、小鬼が」

片腕を根こそぎ失ったにも関わらず不適に笑みを浮かべる大男は背中の大刀をサソリに軽々しく振り落とす。瞬間私の身体はサソリによって抱えられ、近くの茂みにやはり乱暴に落とされた。

「お前はここにいろ」
「えっマジで」
「心配ねぇよ、術をかけた」
「え、どんな」
「危なくなったら避難しろ、いくらお前でもそれくらいできるだろ」

不安だ。不安すぎる。不安を絵に書いたようなシチュエーションである。しかし大男はもちろん見逃してくれるはずはなく追ってくるだろう。今まで私が見る限りさっきまでなんの変哲もなく学生生活を送っていたサソリは大丈夫なのだろうか。そんな気持ちが顔に出たのだろうか、サソリは滅多に見せない優しい顔で笑ってくしゃりと私の頭をやや乱暴に撫でた。


「…少し遅れたが、…お前今日誕生日だろ」
「え、あー?そうだっけか!てかサソリ私の誕生日知っ」
「おめでとう」
「へ」

ボソッと呟いたあと、忍者の瞬身の術のように一瞬にして姿が見えなくなってしまった。今まで抱えていた不安が嘘のように消え、長年付き合っていた彼の初めて聞いた祝言と柔らかな声色に今度は開いた口がふさがらなかった。今まで散々非現実なことを目の当たりにしてきたが本当にこれは夢なんじゃないかと頬をつねる。やはり痛い。夢じゃないとしたら一体なんなんだ。私は絵本の中の物語に完全に引き込まれてしまったらしい。





夢違へ結ふは君への直路なれ
(荒乳男の狩る矢の前に立つ鹿も違へをすれば違ふぞと聞く)
101020



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