小説 | ナノ





魔法にかけられるお姫様や不思議の国にさまよう女の子、そんなおとぎばなしは小さい頃から大好きだった。小学にあがってからも、外で遊ぶのも好きだったけれど本はたくさん物色してきたつもりだ。素敵な物語に憧れるのは女の子の通過点というべきか、誰しもが願う情熱的でロマンチックな日々に焦がれたときもあった。しかしそれはいつからか空想にすぎないと子ども達は気付いていく。だから私は、焦がれたはずの非日常を目の当たりにして茫然と立ち尽くすことしか出来ないのだと思う。今私をとり囲むのはお花畑や喋る動物などファンシーなものではなく、おどろおどろしい青い火。夕闇に染まった空はいつの間にか遠く沈み時計の秒針は驚きのスピードで12時を回っていた。

「ひ、ひいい!」
「豪勢なこって」

そう面倒そうに呟いたあと、サソリはあろうことか私を軽々しく持ち上げ走り出す…所謂私は今、かの有名なお姫様抱っこされているのだった。

「やっやだ…サソリ!重いから!私!」
「あぁ、重い」
「……」

乙女らしく赤面した私が馬鹿だった。気持ちが白けた所で漸く自分の状態に気付く。宙に、浮かんで、いるではないか。

「ぎいやあああ!!」
「少しは静かに出来ねぇのかテメェは」

テレビでよく見る屋根の上を跳んでいくアレ。自分にとんでもない身体能力があればやってみたかったことだが自分の体勢は今安定の欠片もなかった。ので、さながら体剥き出し命の保障無しの絶叫マシーン。富士急並みだった。

「おおおろしてぇぇ!!」
「おろしていいのかよ」
「…おおおろさないでぇぇぇ!」
「…ククッ」

人が大変なことになっているというのに上から楽しそうな笑い声が聞こえ、ひとつ文句でも言ってやろうかと見上げると、仰天。角が。角が生えてる。そして今まで着てた制服はどこへやら、今の時代ではなかなか見ることが出来ない派手な着物を見に纏っているではないか。

「…コ、コスプレ…?」

呟いた瞬間、支えられていた腕が離され、ずどんと近くの屋根に落とされた。尻がふたつに割れたと思った。

「……なにすん」
「黙ってろ」

空気が揺れた、ような気がして一気に体感温度が下がり背筋がぞっとする。無意識にサソリの袖を掴んだ指先がカタカタ震えていることに気付いた瞬間、言いようもない恐怖に体中を支配され足が崩れそうになる。

「おやおや、こんなに大きくなられて」

突如、提灯のような、しかしそこにあるはずのない青い火がぼうと朧気に浮かび上がると同時に、低い、男の声が脳に響く。


「人の成長というのはあまりに早いですねェ」




神の気罹りて然らば
101020



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