小説 | ナノ



人の一生なんて妖怪にとって風が過ぎ去るくらいにあっという間の出来事なんだって。あったかい手のひらががしがしと頭を撫でて穏やかに笑ってその人はいった。神社の石段に腰掛けて、真っ赤に染まった森を見下ろしながらなんだか悲しそうにいうものだから私はその頬をつんと悪戯に突っついた気がする。それは夢みたいな曖昧な記憶。けれど少しだけ物悲しい枯れ葉の匂いは頭の奥に鮮明に残っている。ような気がした。




「し、しんだって、どういう、」

つい先刻「お前はもう死んでいる」というお決まりの台詞を浴びせられ、身に無数の衝撃は訪れないが心と頭に多大なる衝撃を与え思考回路が大渋滞である。誰になんて説明しよう、気付いたら死んでましたってそんなアホな話誰が信じるだろうか、そもそも死人に口無しというものではないか。あまりにもあっけない、というより走馬灯を見逃した私の死に様とは一体。ごめんサソリ最後まで私はギャグだった。

「死んではいない」
「えっ」
「だが生きてはいない」
「…はあ…。えっ」

わけがわからない。ぽかん、と目の前にいる人(人?)を見ると口元を指で軽く抑えくすり、と笑った。…もはやこの方私をからかってらっしゃるのではないだろうか。

「もともとこの森には人間は入れない。だがお前は今こうしてここにいる。…そういうことだ」

…どういうことだろう一体。ではこの森を抜けたら私の体はどうなってしまうのだろう。そもそもどうして異形と呼ばれるものを急に見ることができるようになったのだろう。それよりも妖怪って一体何。頭を捻っているとカランと下駄の音が近付き、顔をあげると妖の指先が眼前に迫ってくる。反射的に瞼をぎゅっと閉じると、襲い掛かって来たのはやわらかく頭を撫でられる感触。おそるおそる顔をあげると細められた赤い瞳と視線が合い、離せなくなる。…どうしてそんなに。

「あなたは一体誰なんですか?」

やさしい瞳をするのだろう。

「妖だ」

頭を撫でる指が首に移動する。ぶわりと肌が泡立ち顔に熱が集合する。こ、これがトキメキというやつですか…!胸が締め付けられ心なしか呼吸が苦しい…いや本当に苦し……?

「人とは相容れぬ存在」
「…、っ…!?」

爪が、首に食い込む。本能的に、危ない、と誰かが叫んで頭の中に警報音が鳴り響く。苦しい。離して。


「…もう、」
「逢うことはないだろう、と願っていた」


待って。私はあなたに言いたいことがあった筈、締め付けられた喉からは到底その言葉は振り絞れない。意識が、星も見えない夜にバラバラに散っていった。

110310


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