小説 | ナノ




さらりと吹いた風に雲が流れ、顔を出した月が煌々と輝く青い夜の中、それに付き添うようにカラスがばさりと羽音をたてる。心臓が鷲掴みされる、ということはこういうことだろうか、私はその不気味なほどに綺麗な赤い瞳から瞳をそらせずにいた。長い黒髪が、まるで映画のワンシーンのようにさらさら流れ月の光を浴びてきらきら光る。一言で言えば、まるでこの世のものとは思えないほどの美しさ。いや、本当にこの世の住人ではないのだろう。証拠に、見慣れない筈なのにしっくり馴染む和装、背中には大きい黒い翼、爛々と光る赤い瞳。今日は散々何かに驚かされてはきたが、その異形を目の当たりにして現在私は謎の感動に包まれていた。

「あ、あの」
「ここはどこで、しょうか」

そのどこか神々しいほどの美しさと人ならざるオーラに凡人である私の声はもちろん必然的に裏返った。そしてこの明らかに普通ではないシチュエーションで叫び声もあげず逃げることもせずコンビニ店員に道を訪ねるかの如く普通に喋りかけてしまった私の肝っ玉はおそらくどこか歪んでいるのだろう。驚かない理由はまた別のところにもあるけれど。

「ここは境界の中だ」
「きょう…かい?」
「少なくとも通常に生きてる人間が来れるところではない」
「はあ」

キョウカイ。通常に、生きてる人間は来られない。え、じゃあなんで私ここにいるのだろう。

「すみません、ちょっとお尋ねしていいですかね」
「……」
「私、通常に生きてますか?なんて、はは」

なんという馬鹿げた質問だろうかと自分の中でひとりウケてしまった。というか通常ってなんだ。生きてるのに普通も普通じゃないもないだろう。いやーすみません。とりあえず帰り道教えてくださいと頭を掻いたら、真顔でその人(人ではないが)は驚きの新事実を告げたのだった。



「生きていた」
「え」
「先刻、までは」



「…はあ」



この一言に尽きるだろう。そしてしばらく経ったあとに、私の叫びはこの森の深部まで轟いたという。




『ねぇ、』
『こっちにおいでよ』
『怖い?そんなことないよ、』
『だってあなたは私のことを守ってくれるのでしょう』


「…くそ」

抉られた足の痛みが至極鬱陶しい。まあ最も自分よりあの牛鬼のほうが痛みと毒で苦しんでいるだろうが。久しぶりの仕事と深手でついつい昔のことを思い出してしまった。執着、か。それにしてもどこに行きやがったあいつ。

18の誕生日。

思えばこの日までまるで光のような速さだった。悲しきかな人の一生などそんなものか。しかしあらかた予想はしていたがずっと傍らにいた存在が今日に限って自分のもとから離れるなんて。思うように動かない体とやるせない想いに焦燥感ばかりが募っていく。

「くだらねぇ」

そう思いながらも馬鹿みたいに笑う娘の顔が頭の中に反芻するのは何故なのだろうか。

「……くだらねぇ。」




夜は、終わらない。

101224



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