! | ナノ


どくんどくん、規則的な優しい鼓動が未だ整理が整わない頭を支配する。ぎゅ、と骨と皮しかない背中に回した腕に力を込めると愛しそうに私の頭を引き寄せ更に自分の胸に密着させた。何もかもがどうでもいい、この腕の中にいることができるのなら、明日なんていらない、時間よ止まってくれ、と叶いもしない願掛けをする。規則正しい呼吸が愛しくて仕方がない。密着した肌から伝わる温度が狂おしい。離したくない、離したくない、離したくない。垂れ流しの涙を見せてたまるかと彼の胸に顔を埋める。どくんどくん、鳴り続ける鼓動が幸せだ。静寂を保つこの部屋は、互いの吐息と心臓が動く音、時計の秒針の微かな音しか聞こえない。どくんどくん、カチカチカチ、どくんどくん、カチカチカチ、カチカチカチ、カチカチカチ、秒針は進むのに明日にはこの愛おしい心臓の電池は切れてしまうらしい。血が巡る音、温もりを生み出す場所、その全ての機能の働きがもうすぐ止まってしまうなんて、誰が信じられるだろうか、この人は、生きているのに。

「イタチ」
「…ん?」

声と吐息の間の音が私の呼び掛けに応える。呼び掛けたものも、その先に続く言葉が見当たらない。もう少しで夜は明けるというのに。どうして、いやだ、あいしてる、いかないで、しなないで、そんな陳腐な言葉を紡ぐ時間さえも惜しい。それでも、何かを言わなくてはいけない気がした。しかし今口を開けば何もかもに諦めてしまった彼の代わりに彼の中で閉じ込めてしまった感情が私の唇から汚い言葉となって飛び出してしまうかもしれない。こうしてる間に彼のカウントダウンの数字は減っていく。

「イタチ」
「…なんだ」
「…イタチ」
「…」
「イタチ」

どうすればいいのだろう、苦しい。何故あなたは死んでしまうのだろう。彼の細い指が私の涙の跡をなぞり、月明かりに照らされた朧気な優しい顔が笑う。これほど儚いという形容詞が似合う人はいるだろうか、

「すまない」

掠れた声を紡いだ唇がゆっくりと私の嗚咽だけが溢れるそれに重なる。彼の呼吸が唾液が温もりが私と交わり私のものになっていく。その私の中の彼が永遠に私の中を巡って忘れることなんて出来ないように楔となって内側から縛るのだろう、


出会わなければよかった、嘘、出会ってなければ私はいなかった、こうして私は生まれたのに、あなたがいなくなってしまったら私は生きる意味なんてないじゃないか、あなたがいなくては私は枯れてしまう、それでもあなたと出会えてよかった、あなたを愛せてよかった、左様なら、


そう叫ぶように呟くと、もう一度彼は泣きそうな声ですまない、と言った。愛おしい鼓動は刻を止める。卑しい鼓動は動き続ける。


無常にも、もうすぐ夜は明ける。




どうかしている
100825
リクエストありがとうございました!

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -