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びしゃあ。あまりに唐突に、けして水ではない液体が顔にかけられ、驚いて目を見開こうとするが右目がズキンと痛み、徐々にじわじわと焼けつくような痛みに立ってることもままならず、その場に座りこみ、身をよじる。

「何、を…っ」
「劇薬」

あまりにも当然のように言ってのける声の主を、這いつくばりながらなんとか左目だけで見上げると、ぼんやり目に映ったのは驚くほど冷たく見下ろす彼の瞳だった。もしかしたら右目はもう使い物にならないかもしれない。必死に右目に襲いかかる激痛に理性を食い千切られないようにひとり戦っていると、次に襲いかかったのは身体の至るところへの痛み、そして最後には腹部への鈍痛。ごろごろ、とニ、三回後方に転がったのは私の身体で、一瞬止まった呼吸機能が回復する時間も与えられずに背中に新たな衝撃が走る。

「…、は…っ」

制止の言葉も懇願の言葉も出てくれなかった。背中に置かれた足が容赦なくぐりぐりと私の身体を踏みにじる。どうして。何故怒っているの。彼をここまでさせた理由が見つからない。いつものように単なる気まぐれならたちが悪いのだけど。回らぬ頭で理由を模索しているとぐい、と髪を引っ張られ私の前でしゃがみこんだ彼の目線と、同じ高さまで引きあげられる。

「…さ、そ」
「死ね」
「、え」
「死ねよ」

痛みと涙で滲んだ視界では、一体彼がどんな表情をしているかなんてわかるはずもなかった。普段とはまるで違った声色が私の混乱した頭に冷たく響きわたる。彼がこんなに感情を剥き出しにしている理由だなんて彼の性格からするとけして教えてはくれないだろう。いや、理由なんて初めから存在しないのかもしれない。蹴りたいから蹴った、殴りたいから殴った、そして殺したいから殺されるんだ、私は。少しでも、彼に優しくされていると、ほんの少しでも彼に愛されていると勘違いした私が愚かだったのかもしれない。嗚咽も震えもなく、私の左目からは情けなくぼろぼろと水がこぼれ落ちる。

「私が、悪い、の?」
「……」
「今までのは、嘘、だったの?」
「ああ」

掴まれていた髪が離され、私はいらなくなった人形のように床に崩れ落ちた。どうして私はこんな愚かな問いかけをしてしまったのだろう。希望が少しでも残っているとでも思ったのだろうか。ぼんやり思っていると、私の身体に彼が跨がり、その綺麗な指が私の首をなぞる。首の窪みに込められる力に、私は本当に殺されてしまうのだ、とどこか他人事のように自分の状況を見つめていた。彼になら、いいかな。捨てられてしまうのなら、彼に息の根を止められたほうがよっぽど幸せだと思う。

「ムカつく」
「…」
「お前は、」
「…」
「俺だけ見てればいいんだよ」
「…、さ」
「俺以外を映す目なんて、いらねぇだろ」

成程そういうことか。この危機的状況にありながら、どうしようもない幸せを感じてしまっている自分は救いようのない変態なのかもしれない。渇いた左目にようやく映ったのは人形でありながら何よりも人間らしい顔をしている美しい彼。どうしよう、この有り余る愛を安っぽい言葉では表現しきれない。少しだけそれを試みようと震えた喉が彼の指先によって押さえ込まれる。私が何を言うのか不安なのだろう、自分を否定する言葉なんか聞きたくないのだろう。

(違う、聞いて、お願い)

嬉しくて笑いが込み上げる。こんなにも愛されていると実感される行為なんて存在するのだろうか。どう伝えればいい、一言だけじゃ足りないの。ねえ、そんなに泣きそうな顔をしないで。ああ、愛してる、だなんて言葉で形容できるほど素直じゃないこの気持ちをどう伝えればいいのだろうか。惜しくも、意識の糸は間もなく途絶えてしまうようだ。




「死ね」





聞いてほしい
(歪んで曲がりくねった、ラブソングを)



100810
リクエスト消化!遅くなってすみません!そしてこんな話ですみません!

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