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「ななしちゃん」


夜しか現れないポケモンを探し続けて夢中になっていたらいつの間にか日付を越えていたらしい。そんな深夜のことだった。突然背後から気配もなく誰かが私の名を呼んだ。驚いて振り向くとそこには月明りに照らされたやわらかく微笑む見知った顔が佇んでいた。

「び、びっくりした…驚かさないでくださいよ!」
「ふふ、ごめんね」

彼の声がすきだ。笑い方がすきだ。何処か遠くを見てる瞳がすきだ。密かに恋い焦がれる彼の全てが大好きで仕方ないなのに、今日はいつもどおりの声や笑顔、瞳に僅かな違和感を感じる。

「マツバ…さん?」
「ん?」

そう、いつもどおりの筈なのに。月明りにきらめく綺麗な紫がかった瞳を見つめながら心臓が高鳴るのを感じる。それは、彼に感じる恋や愛などで生じる高鳴りではないことを頭の奥底で感じとっていた。

「何か、ありました?」
「別に?」

淡々と答える声色にどこか冷たさを感じる。彼のこんなに冷たい声を聴いたのはおそらく初めてだろう。落ち葉をぐしゃりと踏み締めながらこちらにゆっくりと近付く。今まで月光しか頼りがなかったのにその月が雲に隠れて彼の顔が翳ってしまって良くみえない。私は無意識に後退った。

「…マツバ…さ」
「きみは僕をおいていかないよね」
「…え」

断定的に告げられた言葉にただただ困惑するしかなかった。彼は未だにやわらかく笑みを浮かべ、私を真直ぐに見つめる。ぞくりと肌が泡立ち本能が逃げろと催促しているのに、足が動いてくれない。そうしている間に彼の腕に捕らえられ、気付けば息がかかるほど近くに彼の端正な顔が迫っていた。

「きみは僕が連れていく」
「マツ、」
「誰にも渡さない」

きみの幼馴染みにも。なんのことだかわからなかった。ぼんやり頭の隅で、アイツが最近伝説のポケモンを捕まえただの騒いでいたことを思い出し、ようやくそこで辻褄が合った。彼は、

「愛してる」
「…っ!?」

頭の中で合致した答えを遮るように、軋むくらいに強く抱きすくめられ唇を押しつけられた。気味が悪いくらいひんやりとした唇の感触に背筋が凍り、力いっぱい彼を押し退け、僅かに生じた隙を逃さず私は無我夢中で走った。背中からせせら笑うような声が聞こえたような気がした。違う、こんなの彼じゃない、あれは別人だ!

(助けて…!)

どれだけ走ったのだろうか、静かな空間の中自分の息と心臓の音だけがうるさく響く。僅かに頭上にきらきら光るものが見え、ここは鈴の塔の真下、鈴音の小道だと気付いた。ここには彼との優しい思い出しかない。一つ一つ思い出しているといつのまにか涙が溢れ出てきた。そうだ、彼がこんなことするわけない、きっと夢だ幻だ。そう自分に言い聞かし気持ちを落ち着かせ、取り敢えず町のほうに向かおうと歩き出す。

「、」

息を飲んだ。普段目が行き届かないような石畳の端に人の腕が投げ出されていた。自然にそれを目で追うと、たくさんの紅葉のうえに人が俯せになって倒れている。まだ息があるかもしれない、と駆け寄ると、紫のマフラー、金のやわらかそうな髪、近付くにつれその身体の身元が判明する。他の誰でもない、彼のものだ。

「…寝、ているん、です、か」

震えが止まらない。本当にそうであって欲しかった。そうであったとしても、先程のあれは一体なんだったんだ。月がまた雲の間から顔を覗かせ、彼の身体の下敷きになっている異様に真っ赤に染まった紅葉の正体に気付き、叫ぶことも忘れてその場に崩れ落ちた。








「ななしちゃん」









背後から子供をあやすような優しい声が聞こえる。私は振り向く勇気など持ち合わせていなかった。






くろいまなざし
(もう逃げられない)






彼、ゴースト使いだし。マツバさんの執着心は凄いと思うんです。
100217

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