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いつから人間は口付けという行為を覚えたのだろう。生殖行動を求めるのはそれは子孫を残す為の本能的なものであって、人間に限らず有性動物であればその行為はオスとメスであれば自然と行われるものなのだけど、それに比べ唇と唇を重ね合わすことにはなんの意味もないし処女の迷信じゃああるまいし子を成すわけでもない。官能小説ではよく、彼の舌が私の口内で別の生き物のように動き回る、と表現されるが、その表現はあながち大袈裟な表現ではないと思う。例えるなら軟体動物。深く考えると非常に不快である。こんな余計なことをつらつらと頭の中で並べるほど、彼の口付けは長かった。私の唇に吸い付いてみたり舌をしつこく絡ませてみたり時には噛み付いて来たり、とにかくキスの48手でも生み出してるんじゃないかと思うくらい長かった。冷静に語ってはいるが実は私はそれはもう切実に酸素を求めている。なんだか頭はくらくらするし何より身体にのしかかる体重が重い。試しに抵抗してみるがもちろんか弱い女の力ではびくともせず。時折唇と唇の間から漏れる声は色気のひったくれもない、苦しい呻き声に似た声だった。死んでしまう。その言葉を実感すると同時にぞっとするが、その悪寒は何も恐怖だけじゃないということも身体の何処かで感じていた。天国にでも行ったら「私の死因はディープキスによる窒息死で、そして私は殺されるにも関わらず感じてしまったド変態です」とでも紹介しようか。なんだか徹夜明けのテンションみたいになってきた、さよなら皆様、さよなら世界。



「……は、あ…ッ」
「…おや、まだ生きてますね」



塞がれていた蓋がなくなりめいいっぱい空気を吸い込む。辛い。まるで体育で1000Mの持久走をやり終えた時のようだ。そんな私のすぐ上でこいつはわざとらしく眉をひそめ、ぺろりと舌舐めずりをしてみせる。いやらしい、本当にこいつはいやらしい。


「なん、で…こんなこと、」
「未だかつて情死はあっても口付けで死んだ人はニュースで取り上げられてないでしょう?ためしに試みたんですがやはり駄目みたいでした、私も疲れましたし」


へらりと笑ってみせるこいつの頭の中にはコスモが広がってるらしい。説明するまでもなく変態なこいつの一番の被害者はいつもいつも私。一体なんなんだこいつは。


「ああ、とてもいい顔でしたよ、なんて愛しい。」
「…死ね」
「ふふ、可愛い人だ」
「消えろ」


おちょくられている。こいつがまともに人を愛す時がくるのだろうか。そもそもこいつにとっての人間の価値だなんて、面白いか面白くないかのどちらかだろう。その、面白い人間に選ばれてしまった私の不幸は今世紀最大のものだと胸を張って言える。そしてその私はそんなこいつにおもしろおかしく殺されるんだ。ジャラ、と繋がれた手枷の耳障りな音が私の人生にもう自由なんてないことをご親切に教えてくれた。


「ああ、いいですよ!その虚ろな顔!嘆き悲しむことにも諦めたその顔!あなたの息の根を止める瞬間が待遠しい、考えるだけで達してしまいそうですよ!はぁ、あなたが好きで好きでたまらない!殺したいのに殺したくない!くく、ははは!」

散々私の上で喚き散らしたあと病的な細い指が私の首を掴む。きっと今日も殺さないのだろう。徐々に込められる力に鼻で笑いたい気分だった。いっそ私が死ねばこいつはまともになれるのだろうか、自分の舌に歯を立てようとした瞬間、こいつの舌がすかさず滑り込み邪魔立てする。ああもう、


どうしようもない



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