小噺(aph)



(風化風葬:独白)


 「きれい、だな」と、彼は云ったのだ。もう、明瞭に思い出せない聲で。特別艶があるわけでも綺麗なわけでもなく、同じイロを持つ者など沢山いたというのに。撫ぜるように触れた手が、熱くなった耳を掠めたことを今も覚えている。彼の、傷だらけの節くれだった指が一等好きだった、美しさはないけれど、武骨なやさしさを灯した指先を愛していた。…同じようなことを、数えきれない人に囁いていることも知っていたけれど。「きれい」と云ったその声に含まれているものが恋情とは程遠い親愛でしかないことも、その溝を埋めることは出来ないことも知っていたけれど。確かに、嬉しかった。から。私は髪を切り続ける、あの人のあの指が掬い上げた短い髪を忘れぬように、無造作に鋏を入れる。寒々しさを感じる襟足に、いつかあの指先が熱を灯すことを夢見ている。


彼女が髪を切る理由



2012/06/16 14:10






「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -