アルキュオネの頬にくちづけ(inzm)



(うみなり:昴ちゃんと和巳)


 くるくると、しなやかな指先がシアンの髪を弄んでいる。緩やかにウェーブした中の一房だけがレモンイエロー、目に鮮やかなコントラストが視界を彩る。カラーリングが、某炭酸飲料みたい……なんて、至極どうでもいいことを考えて和巳は息を吐いた。放課後の、がらりとした教室に二人きり。静謐と共に押し込まれて暫くがたつが、未だ言の葉がしじまを裂いて振るうことはない。古くから知られる星の名を冠す彼女はまばゆい、昴宿、プレアデス……すばる。青白い星々の中で彼女が一等気に入っている星の名前はなんだったかしらん。
 不思議と、彼女……昴は自らの内から光を放っているようだった。幾つもの星の煌めきを身体の内に閉じ込めたみたいにひかる……シアンでもレモンイエローでもない仄白い燐光、内包するひかりがぱちぱち弾けてまるでソーダ水のようだね。言うには気恥ずかしくて口を噤んだままだけれど……。頬杖をついたまま、思案していた和巳は視線を泳がせる。いつだって真直ぐに前を見据える背中はしなり張りつめうつくしい、凛とした横顔に満ちる自信を羨ましいと思わないと言えば嘘になるだろう。何にも囚われず、あるがままの自身を受け入れ、ただ一人を目指してひたむきに往く人。心は翻す度に軽やかに、ひかりの速さで400年。きっと、宇宙の果てに居たとしても彼女は彼を見つけ出すだろうし、彼も彼女を見つけ出すであろう。現に、幾多のしがらみをほどき、結ばれた…自らの力で手を繋ぎあったのだから。やはりこれも、口にするにはナンセンス。他ならぬ彼女だってわかっていることだもの。

「ねぇ、和巳ちゃん」
「なに」
「私、一度あなたとちゃんと話してみたかったの」

 口火をきったのは昴だった。和巳がサッカー部に籍を置いたのはフットボールフロンティア地区予選の終い、あれよあれよと目まぐるしく移ろう日々で昴と話したことは確かに少なかったなァ、と振り返る。ましてやエイリア学園の騒ぎでは彼女は騒動の渦中にいて、自分のことで手一杯であった和巳はやはり何も出来ずにいたのだ。同じ学校の、同じ学年だったのにね。嫌われている、とは思わなくとも好かれてはあるまいと自覚していた和巳である。自分のような後ろ向きな者を昴が厭うと知っていたからだ。故に、こうやって向かい合って、二人きりの教室に居る事実がうまく飲み込めない。はて、どうしてこうなったんだったか……。
 自分から話すことはあまり得意では、ない。どちらかというと耳を傾け、相槌を打つのが得手なのだけれど…。迷って、だけど単刀直入に斬り込んだ。言葉の切っ先は鈍くきらめいて、嫌いではないけれどすきなわけでもない曖昧な線引き、全く何でもソツなくこなしていたつもりだったのになァ。プルシアンブルーの髪が視界をかすめて揺れた、不揃いに波打つそれにひかりのまばゆさはないけれど、けして劣等感なぞ抱かないよ。

「てっきり、わたしみたいなのは嫌ってると思っていた、六連さんは」
「昴って呼んでちょうだいと、何度か言った筈よ?」
「そうだね」
「答えになってないじゃない」

 それはあなたもだ、と、返す刃を肺腑に落とし込んでまばたきを一つ。僅かに首を振るうとシアンの前髪がふんわり広がった、艶やかに昴のくちびるが三日月を描く。相対する和巳も、所在なく彷徨わせていた眸の焦点をようように定める。「海月でも見えていたのかしら?」ふわふわ虚空を漂うジェリーフィッシュ、幻視えたならばなんともうつくしいであろうね。「そうかもしれないな」たゆとう視線を揶揄すれば昴を軽々とかわして和巳もわらう。

「それにしても心外だわ、私、嫌いな人とわざわざ話すほど暇じゃあないの」
「―――…それは、光栄だね」
「ええ、とっても。誇ったっていいわよ」

 言葉の割に、昴の表情はやわらかい。歯にもの着せぬ物言いは、何より輝く彼女だからこそいっそ心地好いもの。ひた走るプリンセスと悠然と微笑むクイーンの二面性を併せ持つ、彼女には振り回されてばかりだろうな。長らくを経て隣に落ち着いたらしい、敵方として立ちふさがった紅の髪の少年を思い浮かべて同情と苦笑。寧ろ、望んでいるかもしれない……向ける眼差しのいろは言い表せない情を物語っていた、から、他人の自分がわかってしまうくらい雄弁に! 盛大に思考を逸らせた和巳のことなど構わず、昴は笑う。

「知っているかしら? 私ね、綺麗なものが一等すきなの」

 存じていますよ、女王様。間近に瞬く浅葱色に映る自身を見やり、和巳は嘆息と同時に諸手を上げた。かなわないね、あなたには。オリオンだって退けてしまいそうだ。……少なからず魅せられているみたい、諦観を紫紺の眸の奥底に沈め、微笑、苦笑。

「お話しましょうよ、和巳ちゃん」
「仰せのままに、女王様」
「あら、なあにそれ!」

 くすくすともらす笑い声が重なる、しじまは疾うに、消えていた。





夢羽ちゃん宅の昴ちゃんお借りしました。星と宇宙との関連性がたまりません、芯のある可愛い美人さん。
大好きなんですが空回り具合が甚だしく、そこはかとなく漂う偽物臭……。何れリベンジしたいです。




2012/06/11 22:22






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