inzm(フィディオ…海)



(うみなり:デフォルトは篠宮和巳)
原作+5年くらい



*キスのお作法


 異国の文化とは斯くも理解しがたいもので、くちづけを(くちびるに、ではなく頬へだが)挨拶として交わすだなんて甚だ理解出来ぬ…というのが、篠宮和巳の主張で、あった。なれど、順応性が高いのは和巳をはじめとするジャッポーネーズィに広くあてはまる特性であって、はじめの頃は日に焼けたバター色の肌を僅かに染めて身を硬くしていた和巳も、今では当たり前のようにハグに応じるし、場合によっては頬にくちびるを寄せてくれることすらあるのだった。
 フィディオ・アルデナは生粋のイタリアーノで、ある。ハグにもキスにも抵抗はなく、FFIで出会った和巳に挨拶と称してそれらを齎すのは専らフィディオの仕業だった。親愛の情を示す挨拶だ、と顔を顰める和巳を半ば無理やり捕まえていた、今だって出会い頭に和巳を自らの腕に閉じ込めている。幾年かを経たことで、和巳を見上げる形だった青の眸は今や彼女の頭より高い位置に並ぶ。

「フィディオ、」

 今のようなことにも慣れたもので、窘めるように名を呼んだ和巳は反射的に強ばらせていた肢体からゆるゆると力を抜いた。どうせ、常のように挨拶を強請ると考えているのだろう、足らぬ身長を補うようにつま先で立ち、和巳のくちびるはフィディオの日に灼けた頬に触れるか触れぬかのくちづけを寄越す。
 はっきりとした時期はもう定かではないが、和巳と出会ってからそう時間のたたぬうちに、いつかそのくちびるに自らのそれを重ねてやりたい、と……フィディオが思うようになっていたことを、窮屈そうに身じろぐ女は知らない。イタリア男の名が廃る、なんて、フィディオの気持ちを知る嘗てのチームメンバは笑っていたが、どうにも踏ん切りがつかないのだから仕方ない。今まで苦心して築き上げた心地良い立ち位置を失ってしまうと考えたら、紫紺の眸が自身を映さなくなってしまったらと考えてしまうと堪らなく恐ろしいのだ。げに、恋うとは人を強くも弱くもしてくれる。
 長く沈黙を貫くフィディオを訝しむように和巳が再度名前を呼んだ、我に返ったフィディオは内心を悟られぬよう努めて穏やかに笑み、和巳の頬に手を寄せた。どうにも間近で目を合わせるのは未だに苦手らしく、宵のとばりの色を宿した眸が逸らされる。くつり、と思わず喉を鳴らせば不機嫌そうに和巳の眉間に皺が刻まれる、くちびるがへの字に引き結ばれていた。やたら、冷めた風に振る舞うくせに、全く、妙なところで子供っぽいのだから……。言えば益々機嫌を損ねるなんて自明の理だから、フィディオは瞼をそうっと閉じて和巳の頬を引き寄せた。
 くすぐったそうに息をもらす、オリーブ色の髪を微かに撫でていった呼気に、普段押し込めている恋慕が揺れた。もしも、彼女が気を逸らしていたならばいっそ勢いに身を任せてしまうのはどうだろう、焦がれぬくのだってつらいのだ……。伏していた眸を上げれば、夜明け前の眸が真直ぐにフィディオを射抜いた。つり目がちの眸はただフィディオのみを映している……これじゃあ隙を窺う余地もないな! 内心のさざめきを覆い隠し、笑うフィディオは思う。伊達に何年も想い続けたわけではないよ。少なくとも抱擁から逃げ出さなくなるくらいには、和巳だって絆されているので、ある。

「おい、フィディオ……いい加減に」
「うん、わかっているよカズミ」

 とは言え、あまりに長い抱擁は不自然過ぎる。わかっていても名残惜しいのだ、彼女が故国にいる時ほどではないが、共に過ごせる時間はとても多いだなんて言えやしないし、自分の目の届かないところで彼女がこうやって見知らぬ男と抱き合っているかもしれないと思えば腹の奥底がふつふつと煮える。
 もう一度、探るように視線を向ければうっすらと笑みを掃いたくちびると出会った。言葉こそないが、仕方がない…と女は男の小さな駄々を享受していた。青の眸の奥底で揺れていた焔が凪いでいく。いつだって、適いやしないね。後ろ髪を引かれる思いで抱擁を解く。いつか、紫紺の眸を見据えて想いを告げるから……もう少し、今までの在り方でいようか。長丁場には慣れてしまった、これまで流れた時間に比べたならきっとそれは僅かでしかない筈だから、もう少し、だけ。



(ツイッターの診断から
【 フィディオ の キスのお作法 】
顔を近づける → 頬に手をそえる → 目をつぶる → 隙をうかがう → ごまかす → 隙をうかがう → あきらめる
http://shindanmaker.com/107677

キスの日に書き始めましたが余裕で当日アップなんて出来ませんでしたね!踏ん切りがつかないフィディオ、宅のフィディオはヘタレです。イタリア男ですからやる時はやるんじゃなかろうか、と勝手な願望もあったりなかったり)




2012/06/10 16:44






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