小噺(夢主)




ほしのうた

 心底、変わったのだろうと思う。点々と並ぶ街灯の光がまぁるく浮かび上がる宵闇に、足音を二つ響かせて歩く、些か早足なのには大した理由もなくただ照れくささを誤魔化すためでしかない、青臭いね……自分でだってわかっているとも! もっとも、青臭いどころか自身は世間一般からして青い春を謳歌する年頃なので、どうってことはないのだけれど、どうせなら、そう、朱い夏を追いかけたいな。内心で一人ごちる和巳で、ある。繋いだ手のひらが汗ばんで湿る、引っ張られる形で和巳を追ってくる…追わざるをえない翔の歩幅は乱れ不規則な足音がぱらぱら、ぱら。

「どこ行くの、和巳ちゃん」
「……もう少しだから」

 戸惑いに滲む声に、幾許か責めるような響きが滴るのには気付かぬふり。乱れる息の合間に紡がれた問いかけに明瞭な答えは返さず、夜が溶けだした空を仰ぐ。覆い隠す雲はないが街の光に薄れ、それでも輝く星がひとつ、ふたつ、みっつ…。時期的にはもうひと月、ふた月後の方が観測には適しているのだけれどね。今はまだ低空飛行。白鳥座の中心、ノーザンクロス、南に向かって飛んでゆく鳥。織り姫と彦星の間を取り持ってなんかいないで真っ直ぐ飛ぶといいよ(なんたって彼ら、きっと自分たちの力だけで手を繋ぐんだから)(鮮やかなシアンが脳裏できらめいた)、真白の鵲、いえいえ彼女は白にほんの僅か、朱を落とした色合い!

「う、ん……ここいらでいいか」
「いいって、何が…?」
「こっちじゃなくて、あっち、見て」

 指差す先でなぞるデネブ、アルタイル、ベガ…夏の大三角。天頂に輝くには早すぎて些か不満は残るけれど、あまり遅く連れ出してしまったら詰られるのは自分なので仕方なしに妥協した。ほぅ、と感嘆とも疲労ともとれる吐息が大気を震わしくゆる、輝く眸にうっすら笑んで和巳はポケットにしまい込んでいた小箱を突きつけた。

「誕生日おめでとう」
「え、あ……えっ」
「ちょっとばかり出遅れたけどね、プレゼント。大したものじゃあないんだ…」

 律儀に断りを入れて、恐る恐る受け取った箱を翔は覗き込む。鎮座するのは淡い色合いをした星形の花……を模したペンダント。語尾が尻すぼみになってゆくのはらしからぬことをしている自覚があるからに違いなく、それでも彼女の生まれた日を祝いたかったのだ、と和巳は内心で言い訳を繰り返す。直接会う必要もなく、電波にのせて文でも飛ばせばよいだろう、なぁんて反論からは目を逸らして、髪よりも青みの強い翔の眸を見つめる。多分に含まれる驚嘆に気まずくなって「気に入らなかったら受け取らなくていいから」突っ慳貪に視線を外した。

「そんなこと、ない。あっ、ありがとう、大事にするから!!」
「そ、う……よかった」

 翔の上気するばら色の頬に自分まで照れが感染したのか、肺に留まる二酸化炭素が増量された空気を新鮮なそれと入れ替える、恐らく、知らずのうちにかなり緊張していたのだと思われる。誕生日当日は仲睦まじい幼なじみたち、他ならぬ恋仲の南雲と一緒に過ごす筈……そう考えて会いにいく日取りを考えていたらいつの間にか七夕すら過ぎ去っていた。背に腹は変えられぬと彼女の知己である昴に仲介を頼み、ようやっと今、「おめでとう」を伝えられた。大凡、大抵の知人の誕生日なぞ知らないし、「おめでとう」を言えばいい方、黙殺なんて当たり前なのが和巳であったが、何の因果か繋がりはとおい、けれど大切な友人。今回ばかりは直接に言葉を、贈り物を届けようだなんて……本当にどうして考えたのかしらん。自らの行動に些か納得が出来ないで、いる。
 内心のまま、やや複雑な表情の和巳を置いて、銀の鎖に繋がれた星の花を手に取り翔はふんわり笑う。横目に窺い見て、何事もない様子に安堵した。言うなればそれは一目惚れだったのだ、偶々通りがかった店先で見かけたペンダント、彼女に大層似合いだという考えがよぎった時にはもう反射的に手にとっていた。薄桃色をした星の花、サザンクロス。翔が冠すのは南ではなく北の十字だけれど、真直ぐに南へ飛んでゆくのならいつか南十字にだってなるかもね、そうなったならば、素敵だね。

「誕生日、おめでとう」
「ありがとう、和巳ちゃん!」

 君が生まれた日に祝福を。再度紡がれた和巳の言葉に今度はしっかりと頷いて、翔はきらめきをふりまくように笑った。




Happy Birthday Kakeru
2012.7.2







(周回遅れでハッピーバースデー!むーちゃん宅の翔ちゃんと和巳でした。星の話は好きなのでむーちゃん宅の子書く時ついつい引っ張ってしまう。遅ればせながら翔ちゃんお誕生日おめでとうございました!)



2012/07/10 20:59






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