卒業式に桜が開花って、どんな温暖地域だよ。そう思いながら、少女は式場に向かう車内で溜息をついた。窓から見える風景は徐々に融けてきたというものの、道路にちらほらと泥が跳ねて見苦しい雪が積もっていた。空は生憎の曇天で、晴れやかな気分で卒業することは叶わなそうだ。

 別に、高校生活に輝きだとか、甘酸っぱい恋だとか、熱い友情だとかを求めていたわけではないから、卒業と言われても周囲の友人らのように涙がこみ上げてきたりはしなかった。式の前に嗚咽を上げる子も居り、そんな子らを見ると、何とも言えない虚しい気分になるのだった。
 受付で定型句の「おめでとうございます」という言葉と共に受け取った造花を胸に付け、つつがなく式が終わった。県内最大のマンモス校であるこの学校の卒業式は、あちこちから啜り泣く音が漏れ、少女の耳を刺激した。

(だって、何がそんなに悲しいのだろう)

 教室に戻れば、先ほどまでの涙が残った顔で写真を撮り合う者、未だに涙が止まらない者、グループで固まって盛り上がっている者など、様々だった。少女は自分の席に着き、外を見やった。
 すると、友人らが揃って卒業アルバムを持って少女に押しかけ、メッセージを書いてとせがんだので、少女はペンを取り、どのアルバムにも同じ言葉を書き連ねた。それを見て、友人らは少女らしいね、と笑った。

 おい、と背後から声を掛けられて振り向くと、今まで数えるほどしか言葉を交わしていない男子生徒が立っていた。彼も友人らと同じように卒業アルバムをずいと少女に差し出している。

「……ああ、笹島」
「お前、俺の名前思い出すのに時間掛けんなよ」
「はは、すまんね。書けってか」
 少女がアルバムを受け取ろうとすると、笹島がアルバムを放してくれない。少女が怪訝そうに彼を見やると、笹島は少女のアルバムを寄越せと言う。少女が素直にアルバムを差し出すと、笹島はさらさらと文字を書き出した。それを少し眺めてから、少女も笹島のアルバムに先程と同じメッセージを書き連ねた。

「お前さ」
「ん?」
 笹島がペンを走らせながら言う。

「いつも、何に対しても冷めた感じだよな」
「そうかな」
「そうだよ。いつも見てたから分かる」
「ご苦労さまです」
「人生はな、楽しんだ者勝ちだと思うんだよな。そんな斜から見てねーで、もっと楽しんだら」
「それは余計なお世話かも」
「ごめん」
 最後に、と彼が思いだしたように言う。

「案外、俺はお前のこと好きだったよ」

 それに少女が答える間もなく、笹島は席を離れて行ってしまった。少女はぱっと顔を上げたが、笹島の姿は教室内には見当たらなかった。
(……なぜ)
 なぜ、私は笹島の好意に気付けなかったのだろう。きっと、このつまらなかった生活が、多少は変わったかも知れないのに。少女は、少しだけ後悔した。


******

 最後のホームルームも終わり、各々が帰路についていた。少女が校門の前に行くと、笹島の背中が見えた。
 おい。先ほど笹島が少女を呼んだように、少女も笹島を呼び止める。

「私は、今まで笹島と少ししか話したこと無かったから、好きとか嫌いとか、正直思ったこと無かったよ」
 やっぱりな、という表情で笹島が苦笑いする。でもな、と少女が続ける。

「今、笹島と話してみて、嫌いじゃないことが分かった。むしろ好きかな」
 笹島は、意外そうに目を見開いた。そして、すぐにふっと笑った。

「携帯貸して」
 少女が携帯を差し出すと、笹島は少女の携帯に番号を打ち込み、少女に携帯を返した。
「俺の番号。掛けて」
「気が向いたらね」
「言って、もう向いてんじゃないの」
「かもね」
 じゃあな、と言って笹島が歩き出す。少女は、笹島とは反対方向に向かって足を進める。笹島が打ち込んだ番号をアドレス帳に登録した。

(『私が好きになった人』)
 ばーか。そう言って笑った少女の顔は、雲の合間に見える青空のように晴れやかだった。

2012 03.09 沢村詠




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