視線をソフトクリームに移す。そしてまた川嶋に視線を移してみると、依然にこにこと微笑んでいる。
すると、少年がしびれを切らしたように声を上げる。
「真田ちゃん、早く食べないと融けちゃうよ!」
少年に急かされるようにして、一口ソフトクリームを食べると、濃厚なミルク味が口の中でほどけた。
「…甘い…」
思わず顔が緩む。それを見た川嶋が、何か言おうと口を開いた。
「孝明!」
川嶋が何か言う前に、女性の声が聞こえてきた。その声に反応した少年、もとい孝明は、ぱっと顔を輝かせる。
「あっ、お母さん」
孝明の母親は、自分の子どもが持っているソフトクリームと、二人の学生を見て、さっと顔が青褪める。
「ごめんなさい!私が目を離したばっかりに…!」
「いえいえ、良いんですよー」
取り乱す母親に、ほけほけとどこか楽しそうに返事をする川嶋。母親が今度は葵の方に向き直る。
「ご迷惑をおかけしました…」
「いえ、私は何も…」
本当に何もしていないのだから、頭を下げられると居心地が悪い。そんな葵を、川嶋はにやにやと見つめていた。
「本当にごめんなさい。ソフトクリーム代もお払い致します」
「いえいえ、いいんですよ。ほんとに。部活の一環ですから」
「はい…?」
取り乱している母親には分からなかったようだが、葵の耳にはしっかりと川嶋の言葉が残った。『部活の一環』?
「…先輩、部活の一環って」
「後でね、真田ちゃん」
声を潜めて川嶋を問い質そうとすると、さらりと受け流される。それでも問い詰めようとすると、手で制された。
「本当にありがとうございました。ほら、孝明もお礼言って」
「兄ちゃん、真田ちゃん、ありがと!」
孝明は、他意の無い純粋な笑顔を二人に向けた。その笑顔を見て、思わず顔が綻んだ。
「…初めて、笑ったね」
「え?」
帰ってゆく母子を見送りながら、川嶋が葵に笑いかけた。
「笑ってた方がいいよ」
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