「真田ちゃん酷い」

 泣き真似まで始める始末の川嶋に、軽く溜息をつく。よほど帰ってやろうかと考え始めた時に、スカートの裾を引っ張られる。
 泣き真似の次はセクハラかと思い、もう一度ひっぱたいてやろうと手を上げると、未だに川嶋はめそめそと泣き真似を続けている。
 疑問に思って辺りを見渡してみると、もう一度スカートを引っ張られる感触を感じる。下を見下ろしてみると、見た目5、6歳の少年がスカートの裾を引っ張っていた。

「お姉ちゃん、あのお兄ちゃん泣かせたの」
「…あ、うん。そうみたい」

 そう答えると、少年は目を細めて自分を睨みつける。

「弱い者いじめっていけないんだよ」

 予想外の言葉に目を丸くしていると、いつの間にか立ち直ったらしい川嶋が少年に言葉を投げかける。

「少年よ、俺は弱い者ではないぞ。泣かされた訳でもない、泣き真似をしていただけだ」
「やっぱり泣き真似だったんですか」

 しまった、という風にこちらを見る川嶋を睨めつけてやると、捨てられた子犬のような顔をする。

「…やっぱ弱いんじゃん」

 少年がぼそりと呟いた一言は、しっかりと川嶋の耳に届いていた。

「ところで君、お母さんは?」
「…わかんない」
「もしかして迷子?」
「違うもん、お母さんが居なくなったんだもん」

 必死に弁解する少年を見下ろして、今日何度目かの溜め息をついた。
 すると、隣りに居る川嶋が、唐突に声を上げた。

「君、アイス食べる?」
「はっ?」

 答えたのは葵の方で、少年は吃驚して川嶋を見ている。そんな二人の様子にも動じず、川嶋はにこやかに微笑んでいる。

「…食べる」
「よし、じゃあ買いに行こうか」
「待って下さいよ」

 何だと不思議そうな顔をして振り向いた川嶋は、怪訝そうにこちらを見ている葵を見る。少年は、待ちきれないように川嶋の服の袖を引っ張っている。

「それ、端から見たら誘拐ですよ」
「大丈夫だよ。本人の承諾は得ているし」
「いや、そういう問題では…」
「大丈夫大丈夫、俺等いたいけな高校生に見えるから」

 へらへらと笑いながら子どもの手を引っ張って行く川嶋の方を半ば呆然と見やる。
 ――この男は。

「…知りませんよ」

 諦めたようにして声を漏らす私を見て、心なしか彼がにやりと笑った気がした。






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