どこから用意したのやら、川嶋は葵を椅子に座らせ、デジタルカメラを手に持って葵を笑わせようと四苦八苦していた。
「真田ちゃん!ほら!こう、きゅっと口角を釣り上げてみてよ!」
「いや?!さっきから1ミリたりとも口角の位置が上がっていませんけど?!」
「ほらっ!真田ちゃん!見てこの変な顔!」
川嶋の必死な様子を、半田と美樹は軽蔑したように見ていた。
「何あれ。変態なの?」
「どんな要求だよ。真田ちゃんはあのクールビューティーなところが良いんじゃん。あのバカはそれが分からないのかね」
「本当だよね」
「ちょっ、聞こえてるから二人とも!そんな俺のこと軽蔑したように見ないでよ!」
川嶋が二人に対して弁解するように言うと、二人が声を揃えて川嶋に言葉を投げつける。
「「もう軽蔑してます」」
「何それー!」
幸福実現部の部室は、いつものように騒がしくなっていた。葵だけが、普段よりも表情の抜け落ちた顔でカメラを見つめていた。
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帰り際、最後まで笑えと駄々をこねる川嶋を半田が抑えているのをしり目に、葵は部室をするりと抜けだした。外は半田が憂慮していた通りの雨で、濡れずに帰れることを葵は密かに喜んだ。
昇降口を出て、家に向かおうとすると、雨音に紛れて猫の鳴き声が聞こえてきた。ついと周囲を見渡すと、一匹の子猫が全身ずぶ濡れになってこちらをじっと見つめていた。葵はその子猫に近づき、手を差し伸べた。疑うことを知らない子猫は、ぐるぐると喉を鳴らしながら葵の手に体をこすりつけてきた。
「…お前、寒いだろ。お腹も減ってるかな。ごめんね、家には連れて帰れないし、お前が食べれそうな物も持ってないんだ」
せめて、凍えないようにと、持っていたハンカチで子猫を拭いてやり、昇降口の前まで連れて行ってやる。ここなら、屋根があってこれ以上雨に濡れることは無いからと。
「逞しく生きるんだぞー」
葵が呟くように子猫に声を掛けると、子猫は嬉しそうに鳴いた。
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