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 朝の静寂の中に、たった今体育館で行われているであろう入学式の気配が、ここまでゆるく漂ってきていた。
 見事な桜並木の道も、自分には何の感慨も与えてはくれない。そのまま帰ろうと思い、ふと視線を感じて振り返る。

「そこの一年生、もう帰っちゃうの?」

 どこから声がしているのかと思っていると、「ここ、ここ」と、頭上から声が降ってきた。

 まさかと思い上を見上げてみると、桜の木の枝に乗った明らかに不審な男が、こちらを見て無駄に爽やかな笑みを浮かべている。

「…そうですけど」
「駄目だよそんなの。今日は何の日だか知ってる?」

 くるりと踵を返すと、背後で盛大に音を立てて木から降りたのが分かった。

「入学式だよー、サボってちゃ駄目でしょう」
「あなたには関係ないでしょう」
「だめだめ。先輩としてここは一つ、君とお話しなきゃあ」

 胡乱げに後ろを振り返ると、奴は未だに不愉快な笑顔を顔に貼り付けてそこに立っていた。

「君、幸せ届けてみない?」
「…は?」
 何をほざいているのだこの男は。馬鹿馬鹿しい。

 今度こそ振り向かずに帰ってやろうとしたら、後ろから手をむんずと掴まれ、いやおうなく引きずられる。

「ちょっ…離して下さい!」
「ちょっと俺に付き合ってよ」

 そのまま、変態男は自転車置き場まで私を引きずってゆき、一台の自転車の前で立ち止まった。

「はい、後ろに乗って」

 もうこの際、ここまで来たら腹をくくろうと思い、自転車の後ろにまたがる。

「じゃ、行くよ」
「…どこに行くんですか」

 ぶすっとして訊ねると、変態男がこちらを振り返って微笑んだ。

「ちょっと不幸を探しに、ね」


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