無様に部室まで舞い戻ってきた一行は、何をするでもなく思い思いにソファに座って窓を叩く雨音を聞いていた。
「そういやさ、葵ちゃんて身長何センチあんの?」
この奇人集団の中で最もまともそうな人間である半田龍二が葵に問いかける。それを受けて、葵は四月に行われた身体測定を記憶の海から引っ張り出す。
「確か、160センチでした」
「へえー、て事は、俺と5センチ差かー」
「半田、高二でそれだったら、今後もう伸びる余地は無いね」
「ちょっ、それ言わないでよみっちゃん!」
葵と5センチ差ということは、彼は165センチ。確かに、高校男児としてはやや小さめであるように思う。でも、自分は彼を少し見上げる形になるし、良いのではないだろうか。
それを口にしようとした瞬間、横から川嶋が口出しする。
「あっ、俺、身長178あるよ!葵ちゃんと18センチ差!これ良くない?」
「そうですねー」
「え、何その超棒読み?!もっと感情込めようよー!」
「私もう帰ってもいいですか?テスト勉強しなきゃいけないし」
葵が鞄を持って立ち上がると、半田と美樹もそれに続いた。それを見た川嶋は、残念そうに首を振り、自分も鞄を肩に引っ掛けて部室を出た。
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昇降口で皆がばらばらに帰る中、恒例のように葵と川嶋だけ同じ方向に向かって歩き出した。葵は別に歩いて帰っても良いのだが、川嶋が送ると言って聞かない。
「良いですよ別に、そう毎日送ってもらわなくても」
「いやいやー、最近世の中物騒だから。女の子一人で帰っちゃいけないって」
川嶋はそう言って笑った。葵はそれを見て、よく笑う人だな、と思う。
川嶋が運転する自転車は、梅雨のぬるく肌に纏わりつくような風を切って走る。二人の湿気を含んで多少広がった髪が、その風にはためいて揺れる。
葵はいつかの春の日のように、川嶋の風に遊ばれる髪を指でくるくると弄んでみる。あの日のように、柔らかい髪なのか知りたかったのだ。
今回は川嶋は驚かずに、笑って葵に声を掛けた。
「また、俺の髪で遊んでる」
「先輩の髪、湿気含んでも柔らかいんですね」
「んー、そうかもー」
「私の髪の毛と交換して下さいよ。私の髪の毛すぐ硬くなっちゃって」
「そんなことないでしょー」
川嶋がからりと笑う。頬を撫でる温い風とは、まるで正反対だ。それを思いながら、葵は川嶋の背中に頭を預けた。何だか、眠くて仕方がない。
頬に梅雨独特の不快な風と、背中から伝わってくる川嶋の心音を聞きながら、とろりとした眠りの世界へと、足を踏み入れた。
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