(結局、来てしまった)
放課後、葵と川嶋の二人はとある教室の前に立っていた。教室の壁には「資料室」という札が下がっているが、教室の扉の目張りされたガラスには、手書きで「幸福実現部」という紙が貼られていた。
「ほい、部室到着」
本当は葵は部活に来るつもりは無かったのだが、昼休みが終わって教室に帰ろうとした時に、川嶋から再び催促されたが為に、仕方なく部活に行くことにしたのだ。
(……何で、この人はああなのかな…)
昼休みの出来事を思い出し、葵は思わず溜め息を吐いた。
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「真田ちゃん、今日は絶対部活に顔出ししてよ?入部してから一回も顔出ししてないじゃん」
「結構です。今日も帰らせて頂きます。寧ろ一生顔出ししませんから」
「ちょっ…!分かった。真田ちゃんがそういう態度なら、俺は力づくでも真田ちゃんを部活に連れてく!」
「へえ、どうするんですか」
葵は内心、何をされようとも部活に行く気は全く無かった。次の瞬間に、川嶋の言葉を聞くまでは。
「ロッカーにあるであろう真田ちゃんの教科書、全部俺が頂きまーす!」
「はっ…?」
「そうしたら、真田ちゃん授業出れないから困るでしょ?…さぁさぁ、どうする?」
葵は思わず絶句した。そんな葵の様子を見た川嶋が、にやりと不敵に笑う。
すると、葵はふっとあることを思い出し、ほっと安心した。
「…その前に、あたしのロッカーに鍵かかってるんで、その作戦は効きませんよ?」
「あーっ!そうか!鍵の存在忘れてたぁ!」
半ば絶叫する川嶋を見て、余裕を見せる葵。これで、部活に行かなくて済む。そう思って安心しかけた時、5限目を知らせるチャイムが廊下に鳴り響いた。
「…それなら、最後の手段」
「今度は何をするつもりですか」
葵が川嶋に問い掛けた瞬間、彼は突然全速力で走り出した。
「えっ…?!どこ行くんですか?!」
「真田ちゃんのクラスー!」
「はっ?!」
葵が面食らっていると、川嶋は走りながら葵の方を振り返って叫んだ。川嶋の答えに葵は目を白黒させた。
「ちょ、ダメですよ!迷惑ですからおとなしく自分の教室に帰って下さい!」
「やーだよー!」
葵も慌てて川嶋を追いかける。しかし、葵と川嶋の足の速さは歴然としていて、どう足掻いても彼に追いつけなかった。寧ろその距離はどんどん離されていく。
息を切らせて自分の教室の前に辿り着くと、既に川嶋が教室の扉から少し離れた所に立っていた。自分は肩で息をしているのに、川嶋は汗ひとつかいていない。
「普段もっと運動をするべきだよ」
「……黙ってて下さい…っ!」
葵が息も絶え絶えになりながら川嶋を睨みつける。それを受けた川嶋は、ゆらりと不適な笑みを顔に浮かべた。
「はい、じゃあ今から真田ちゃんの授業妨害をしようと思いまーす」
「ちょ、ちょ、待って下さいほんとに…!」
教室の扉を開けようとする川嶋を葵が慌てて止めようとして川嶋の手を掴むと、川嶋がひどく驚いたようにして彼女の方に振り向いた。そして、すぐに顔を葵から逸らした。
(……意外と先輩の手って大きいんだな)
自分の手よりよほど大きくて、ごつごつと骨ばっているくせに、すらりと細くて長い指。
葵がしげしげと川嶋の手を観察していると、川嶋が呆れたように葵に呼びかける。
「いつまで俺の手観察してるのさ」
「……いえ、綺麗な手だなーと思って」
葵が率直な感想を口に出すと、川嶋は火がついたように葵の手から自分の手を引き抜いた。それに驚いた葵が川嶋を見ると、彼は顔を真っ赤にして葵を見下ろしていた。
「何を急に言い出すかと思ったら…!」
「え、すみません。本当にそう思ったので」
「いい、いい、もう言わないで」
普段と違う川嶋の様子に驚いたが、段々とその必死さが笑えてきた。ふっと葵が微笑むと、川嶋がそれを見て歓声を上げる。
「すごいすごい!また真田ちゃんが笑ったところ見た!これで二回目!」
大げさに喜ぶ川嶋を見て唖然とする。きゃあきゃあと騒いでいる様は、普段と変わらない川嶋のように見えた。
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