クリスマスなんてクソったれ。


 沙代子は一人で帰路についていた。今日は聖夜。どこもかしこも、目をやればカップルが幸せそうに手を繋いで歩いていた。
 周囲も馬鹿みたくモミの木を飾りつけて店頭に並べていたり、色とりどりのライトでイルミネーションを作っていたりした。
 浮かれた空気の中、沙代子は一人溜息をつく。クリスマス。なんて嫌な響きなんだろう。世の中はこの日を恋人や友達、家族と過ごすイベントと決め付け、妙にそわそわとした空気を作り出す。それが独り身の者である沙代子にとってはひどく居心地が悪かった。
 昼はまだいい。外で浮かれている奴等を無視して仕事に打ち込めばいいのだから。しかし、夜は気が滅入るようだった。朝は目に付かなかったイルミネーションが夜闇に輝き、その存在を沙代子に見せ付けるようだった。夜に出かける人が多いのか、昼にランチに出た時よりも人口密度が高いようでもある。しかも、間の悪いことに、今日は土曜日だった。

 クリスマスなんて祝日でも何でもない、ただ過ぎ去る日々のうちの一つにすぎないではないか。なぜ私がこんな肩身の狭い思いをしなければならないのか。
 亡きイエスキリストに言いたい。あなたが存在しなければこんな馬鹿げたイベントは生まれなかった。責任を取って頂きたい。
 聖夜に街を出歩く恋人たちよ。お願いだから私の目の前から消えてくれ。家に篭って二人の愛の深さでも何でも確かめていればいいじゃないか。


「恋人が居れば勝ち組、結婚すれば勝ち組、子どもが居れば勝ち組ってさ、うざいったらありゃしねー!」
 行きつけのバーでバーテンを相手にして思い切り叫ぶ。店内には沙代子以外の客は居らず、人目を気にする事もなかったので、沙代子はもうお構いなしだった。
 眼鏡を掛けた優男風のバーテンは、苦笑いしながら沙代子の話を聞いている。バーテンから作ってもらったカクテルをかき混ぜ、沙代子はぶちぶちと文句を並べる。

「大体結婚して幸せになるとは限らないじゃん。相手がDV男だったらどーすんの?借金抱えてたとか、亭主関白だとか、もっとあるじゃん。男と女が付き合わなきゃいけない法律でもあるのかよこの世界には」
「あるんじゃないですか、その法律」
「何、じゃあ私は犯罪者ですか」
「そうなりますね」
「なら手錠掛けて下さいよぉ〜小野さぁ〜ん」
「僕はそういう趣味無いですよ」
 小野と呼ばれたバーテンは、何か良い事を思いついたように悪戯っぽい笑みを浮かべ、沙代子の方に身を乗り出した。

「沙代子さん、今日はもうお店お終いにして、これから僕とどこかに出掛けませんか」
 目の前でにっこりと微笑む青年を見て、それもいいかもな、と沙代子は酔った頭の片隅でぼんやりと思った。

「何ですか、それ。私のこと口説いてるんですか」
「勿論、そのつもりですけど」
「へえ、じゃあ、そのお誘いに乗ろうかな」

 キリストさま。私、間違ったことを言いました。クリスマスって、素晴らしいと思います。


2010.12 沢村 詠




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