「ほら、帰ろ?」
 スタンド席から立ち上がった淳平が亜紀に手を差し出す。その手を亜紀がおずおずと取って立ち上がろうとすると、不意にバランスが崩れた。

「わっ…!」
 亜紀が思わずぎゅっと目を瞑ると、襲い来る筈の衝撃は来ず、代わりに力強い腕が亜紀の身体を抱き止める。
 肌の温もりと、仄かに香る服の香りが亜紀の鼻腔をくすぐる。胸の高鳴りを覚えた亜紀は、固まってしまったように淳平から離れられなかった。

「亜紀、大丈夫?どこか打ったりしてない?」
 そう声を掛けられ、我に返った亜紀は反射的に体を淳平から離した。

「…っあ、うん、大丈夫」
「どこも痛くない?」
「うん…」
「そか。じゃあ、行こ」
 再び差し伸べられた手を亜紀が握り、今度はしっかりとした足取りで階段を踏みしめた。


******

 翌日の昼休み、亜紀と麻美と美紅がいつものように三人で昼食を摂ろうとするところへ淳平がやってきた。
「へい、お嬢さん方。俺も一緒に混ぜてくんない?」
「いや他で食べ「いいよー!どうぞどうぞ1」
「わあ本当に?嬉しいー」

 亜紀の拒絶を遮ったのは麻美。わざとらしい仕草と声色で喜ぶ淳平を胡散臭そうな目で見やる亜紀を、美紅が面白そうに見ていた。

「ねー、今週総体あるじゃん?俺、応援行ってもいい?」
「は?お前自分の部活はどうすんのよ」
「俺レギュラーじゃないしー。今シーズンは三年生を立ててやりゃいいんだから、俺の出番は無いのー。それに弱小チームだからすぐ終わるだろうし」
「またそういう酷いこという」
「あっ、それ俺も食べたい。食べていい?」

 亜紀の弁当のおかずに目をつけた淳平が亜紀の返事を待たずにひょいとおかずを口に入れる。亜紀の非難するような視線を受けてもものともせず、美味ーい!と大げさに感動していた。

「人のばっか食べんでよー」
「あー、悪い悪い。で、応援行っていい?」
「いいよー。淳平君が居れば亜紀も頑張れるだろうし」
「えっ麻美なに言ってんのおかしくないそれ」
「いーんだよ応援してくれるって言ってんだから、有難く応援してもらいな。で?佐倉さん私のとこに応援は来て下さるのかしら?」
「会場どこー?」
「桜木の体育館」
「あっ無理遠すぎ。ごめん行かないわ」
「かー、薄情な奴だな。佐倉さんは亜紀がいーんだってさ」
 美紅の言葉を聞いた瞬間、さっと顔が赤くなる亜紀。急いで美紅の言うことを否定したが、動揺していることは淳平に悟られてしまったらしい。淳平がにっこりと笑うのを、麻美が横目で見た。

「んー、じゃあ、ここに当日のプログラムがあるから、時間教えておくね…っと、決勝見る方がいいかな?」
「おー、亜紀は予選一位通過だもんな。今回も決勝は確実っしょ」
「何でそういうプレッシャー掛けるの…」
 亜紀が頭を抱える。それを見た美紅が爆笑し、淳平は当然だろ、と口を尖らせた。麻美は、そんな彼らを微笑ましく見守っていた。

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