「何か大変なことがあったんでしょ。ちゃんと笑えてないよ」
 淳平の作られたような笑顔に気付いた亜紀は、単刀直入に淳平に切り出した。それを指摘された淳平の顔から、ゆっくりと笑顔が剥がれ落ちていった。

「亜紀さ、こないだ廊下で会った紗友莉って子、覚えてる?」
「うん、覚えてるよ」
 亜紀の脳裏に、先日廊下で顔を真っ赤にして走り去って行った少女の顔が浮かんだ。それと同時に、その時に抱いた不穏な感情も共に思い出した。
 淳平は黙っている。その間、亜紀は記憶と共に思い出した感情が胸の中でどんどん大きくなっていくのを感じていた。

「あの後の部活でさ、あの子から告白されてさ」
「うん……えっ?」
 亜紀は一瞬、言われた言葉の意味を理解出来なかった。

 告白された?
 誰が?
 佐倉が?
 あの子に?

 真っ赤になった顔に、少し潤んだ大きな瞳で佐倉を見つめていた、あの子。
 佐倉のことが好きな、あの子。

「……で、返事は?」
 思ったよりも堅い声になってしまった。ああ、もっと、自然に聞こうと思ったのに。佐倉があの子に告白されたことなんか、これっぽっちも気にしていないような声を出したかったのに。
 何だか、ひどく惨めだ。

「その場で断った。他に好きな人が居るからって」
「……うん」
「そしたら、あの子、部活に来なくなっちゃって。で、大会前なのにって、部内の雰囲気悪くなっちゃって。全部俺のせいじゃん」
「それは、違う。佐倉が悪いんじゃない」
 亜紀は声に力を込めて言い切った。その様子に驚いたように、淳平は亜紀を見つめる。

「そう言ってくれてありがとな」
 ふっと笑った淳平の顔は、ひどく切なげに揺れていた。亜紀が気付いた時には、二人の顔がやろうと思えば唇が触れるぐらいの距離に狭まっていた。
 亜紀は、自分の顔が一気に赤面するのが分かった。

「ねえ、俺のこと名前で呼んでくれない?佐倉じゃなく、淳平って」
「……淳平」
 亜紀は突然の希望に面食らったが、呟くように名前を呼んでみる。淳平は、目を閉じて首を振る。

「もう一回」
「淳平」
「もう、一回」
「……淳平?」
 目を閉じ項垂れている淳平を見て、亜紀が顔を覗き込むようにすると、淳平はゆるりと目を開けて口角を釣り上げた。

「話聞いてもらったら元気出た。ありがと」
 顔を上げた淳平は、いつも通りに見えた。既に日も落ちている今は、彼の表情がよくわからなくなってしまっていた。

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